サイボーグ009の主人公ジョーは人間の憎悪や不寛容に直面する

「すこしの色のちがい……ことばのちがいでさえもゆるしあえないでいるじゃないか」「人間の歴史をふりかえってみよう。それは闘争の歴史である。それは悲しみの涙と後悔のうめきのじゅず玉の歴史でもある」――。


前回東京五輪が開かれる直前の1964年夏。こんなメッセージをちりばめたひとつのSF漫画の連載が始まった。


日本人の母と国籍不明の父のもとに生まれた主人公、島村ジョーをはじめ9人のサイボーグが悪の軍産複合体に立ち向かう。漫画家、石ノ森章太郎の代表作の一つ「サイボーグ009」だ。


サイボーグの出自はロシアやアメリカ、ドイツ、中国など様々。メンバーには赤ん坊までいる。国籍や性別、人種の壁を越え、多様性の象徴として描かれたジョーたちは、幾度となく人間の憎悪や不寛容に直面する。


村人に家族を焼き殺された女性が復讐(ふくしゅう)する。「わたしがきょうまで生きてこられたのは、にくしみがあったからよ!」と叫ぶ女性に、ジョーは「村人全員を殺しおわったあとには……あなたの心は救われるというのか」と訴える。


連載開始当時は冷戦のまっただ中。62年にキューバ危機、65年にはベトナムで北爆が本格化した。中国は東京五輪期間中に核実験を成功させ、核保有国となった。東京五輪が「平和の祭典」として成功をおさめるのをよそに、石ノ森は争いと差別に満ちた世界の現実を描き出した。



サイボーグ009のパネルと漫画家の早瀬さん

石ノ森の晩年にアシスタントを務めた漫画家の早瀬マサトさん(54)によると、石ノ森は普段は口数が少なかった。淡々と原稿を描き終えると、無言でアシスタントに投げてよこした。早瀬さんたちは床に落ちた紙を急いで拾って乾かす作業に追われた。


ただ、作品の根幹についてだけは「作品づくりにはテーマが必要だ」と熱っぽく指導していたという。早瀬さんは「先生は(描く)技術よりも思想に重きを置き、常に未来を見ていた。それが009のような作品を生み出したのだろう」と話す。


98年に亡くなるまで、石ノ森は病室で「009を世界に発信する」と完結編の構想をノートに描き続けた。遺志は多くの創り手による数々のリメークとしても結実した。


「009の世界観が色あせないのは、50年以上前に描かれた争いや分断がいまだに世の中から消えていないから。先生はきっと、009を必要としない世の中を望んでいた」。早瀬さんは今、強く感じている。


64年には米国で人種差別を禁じる公民権法が成立し、差別撤廃を訴えたキング牧師はノーベル平和賞を受賞した。だがいま、世界で、そして日本で、分断はむしろ深まっているように見える。


「たたき出すぞ」「国に帰れ」。友人から何気なく誘われたデモに加わった横浜市の男性会社員(25)は、突然始まった罵詈(ばり)雑言にあぜんとした。


デモ開始前、主催者は「社会に埋もれた問題点を世に提起する」と強調していた。だが実際は聞くに堪えない言葉を拡声器で叫び散らすだけ。「理念的なものは一切ない。ストレスの発散にすら見えた。ただの見苦しいヘイト行為だった」


「あいつ、テロリストみたいな顔してるな」。さいたま市に住むパキスタン人男性(27)は、バイト先のコンビニで聞こえてきた客の陰口に耳を疑った。「僕が日本語が分からないと思って言っていたのだと思う。軽い気持ちで言ったのかもしれないが、母国でテロは深刻な問題。とても傷ついた」と首を振る。


「いまはまだダメだが……やがて世界に国境とか人種差別といった愚かなことはなくなる日がきっと来る」。まだ見ぬ未来では、人類は少しでも前へと進んでくれるはず。石ノ森は自身の期待を、サイボーグたちのセリフに乗せて投げ掛けた。


再び聖火が日本にやってくる2020年。石ノ森の願いは、どこまでかなうだろうか。

(石原潤氏)

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