2000年以降に日本は19人がノーベル賞の栄誉に輝き、トップクラスの科学技術力を世界に誇ってきた。だが、そんな栄光に酔ってはいられない。研究成果のほとんどは数十年前のもの。過去約20年間、世界の中で日本の研究は質量ともに衰退の一途をたどる。遠くない将来に受賞が途絶える恐れすら出てきた。

 

論文数世界39位

 

鈴鹿医療科学大学の豊田長康学長は自らデータを分析し、日本の研究力を検証してきた。三重大学の元学長でもあり、深刻な状況に危惧を抱いていたからだ。その豊田氏に、直近の各国・地域別の人口あたりの研究論文の数を算出してもらった。結果は衝撃的。日本は世界39位と、経済規模が日本より小さいハンガリーやポーランドなどの旧社会主義国も下回った。

 

 

文部科学省科学技術・学術政策研究所によると、日本は1980年代から90年代初めにかけ、世界の研究者が注目する上位10%の論文数で米英に続く世界3位が定位置だった。この頃に後のノーベル賞につながる研究が生まれた。だが2000年代半ば以降に順位を大きく下げ、足元ではこの指標でも9位に沈む。

豊田氏の目には「日本は大学などの研究を(役に立たないと)過小評価してきた」と映る。各国の研究論文数と国内総生産(GDP)には密接な関係があることが過去の調査などで分かっているが、そうした認識が薄かったと問題視する。

日本で、イノベーションを生む土壌が枯れつつある。状況をさらに悪化させそうなのが若者の「研究者離れ」だ。大学院で博士号を取得する人は06年度をピークに減少傾向が続く。背景にあるのは、研究者を取り巻く不安定な雇用環境だ。

米科学誌サイエンスが19年12月に発表した同年の世界の「10大科学ニュース」。国際連携の下で人類史上初めてブラックホールの撮影に成功した成果がトップに選ばれたが、この偉業に貢献した日本人研究者たちも厳しい現実に直面する。

 

活躍の場少なく

 

台湾中央研究院の小山翔子博士研究員(34)もその一人。ブラックホールの「黒い影」を画像化する重要な役目を担った。東京大学大学院で博士課程を修了後、ドイツの名門・マックスプランク電波天文学研究所を経て台湾に渡った。海外で活動するのは「日本でポストが減っていることが理由の一つ」と明かす。

日本は若手研究者のポストに直結する国立大学の運営費交付金を減らし活躍の場を奪ってきた。硬直的な体質の残る大学では人材の新陳代謝も進みにくい。文科省によると博士号取得後に研究を続ける「ポスドク」の約7割は任期3年未満の雇用(15年度)だ。世界が高度人材の育成を競う中、「日本は逆行している」と小山氏は受け止める。

産業競争力に結びつく人工知能(AI)分野でも研究者育成を怠ったツケが回る。オランダの学術情報大手エルゼビアの協力でAI関連の論文に関わった研究者数(08〜17年)を調べると、日本は中国の8分の1、米国の4分の1だった。

日本からイノベーションの担い手がいなくなれば産業界にも痛手となる。学術界だけの問題にせず、企業も若い人材を生かす工夫を考えるときだ。

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