中国の東北部で日本が統治していた旧満州国の時代につくられた古い建築や鉄道が再び評価されている。2019年に日本式の住宅を改装したレストランがオープンし、南満州鉄道(満鉄)が運行した蒸気機関車も一般公開された。今年8月で戦後から75年。日本による植民地支配について中国人には複雑な感情が残るが、政府や市民は「文化的に価値が高い」と評価するものは保護する姿勢を見せる。

 

海鮮レストラン「陸拾壹號院」は1930年代に建てられた建物を改修して開店した(遼寧省大連市)

海鮮レストラン「陸拾壹號院」は1930年代に建てられた建物を改修して開店した(遼寧省大連市)

「いらっしゃい。注文が決まったら呼んでください」。遼寧省大連市の中心部で、19年10月にオープンした海鮮レストランが「陸拾壹號院(ガーテンナンバー61)」だ。日本から満州に来た若い留学生の建築士が1930年代につくった建物を改修した。

 

■和洋が融合したデザイン

2階建てのコンクリート造りで瓦のような屋根や円形の窓があり、和風と洋風が合わさったデザインだ。建物をぐるりと囲む庭には建築当初から植わっていたという数本の古い樹木もそびえる。戦前は日本人の商人が住居とし、戦後は大連市の副市長も住んだという。

「初めて訪れた時から、この場所に魅力を感じた。大連市中心部で専用の庭を備えた別荘のような建物はとても少ないからね」。男性店長の李俊鵬さんが笑顔で説明してくれた。どんな商売をするのか、構想は何もなかったが、とにかく借りることを決めたという。建物は市政府が保有しており、毎年のように必要となる外壁の補修は政府が手掛ける。

 

大連市政府は旧ヤマトホテルの改修を検討している(遼寧省大連市)

大連市政府は旧ヤマトホテルの改修を検討している(遼寧省大連市)

市中心部の中山広場には、満州時代の銀行や市役所などとして使われた建物が9棟残っている。その代表格がルネサンス様式の大連賓館だ。満鉄の直営だったホテルチェーンのヤマトホテルが1914年に完成させた。施工は清水組(現・清水建設)で、重厚感のある外観に特徴がある。

最近までホテルとして旅行者が宿泊できたが、2017年から休業している。具体的なスケジュールは未定だが、市政府は改修して再び開業する方針だ。市の職員によると、日本の建築関係者に協力してもらう案も浮上しているという。

「このブラウス、とてもかわいいね」。地元の女性に人気の衣料品店が、商業施設が集積する中心部にあるスペインのファストファッション「ZARA」だ。入居する建物はもともと、1937年に竣工した旧三越百貨店の大連支店だった。最上階に塔を備えた屋根の構造がモダンな雰囲気を放つ。

ZARAの建物や旧ヤマトホテルは市政府が重点的に保護する建築物に指定されており、取り壊しが禁止されている。このため補修しながら大切に使われてきた。

 

旧三越百貨店大連支店にはファストファッションの「ZARA」が出店している(遼寧省大連市)

旧三越百貨店大連支店にはファストファッションの「ZARA」が出店している(遼寧省大連市)

日本は1905年に日露戦争で勝利した後に大連を租借し、1945年まで40年間にわたって植民地として統治した。日本による支配は奉天(現・瀋陽市)や新京(現・長春市)など中国東北部に広がり、各地に日本がつくった建物が残された。

その価値を再評価する動きは建築だけではない。大連市の北部にある遼寧省の省都、瀋陽市。鉄道車両を保存している博物館、瀋陽鉄路陳列館を訪れると、明るい青色と緑色に塗装された2両の車両が目に飛び込んでくる。

 

■満鉄「あじあ号」をけん引

大連や瀋陽などを走っていた満鉄の特急列車「あじあ号」の客車をけん引した蒸気機関車だ。同館を運営する民間企業が19年5月に一般公開を始めたもので、鉄道ファンにはたまらない遺物だという。

同館に勤務する女性職員は「この車両は日本の川崎重工と大連の鉄道工場で合計で12両が製造されましたが、現存するのはここにある2両だけです。いずれも1934年につくられました」と説明してくれた。

 

南満州鉄道が運行していた特急列車「あじあ号」の蒸気機関車(2019年9月、遼寧省瀋陽市)

南満州鉄道が運行していた特急列車「あじあ号」の蒸気機関車(2019年9月、遼寧省瀋陽市)

最高時速は130キロメートルに達し、当時の日本としては最先端の技術力を誇った。車体は全長約26メートルで、直径2メートルの車輪を備える。新型コロナウイルスによる入国制限のため、現在は日本人が観光で中国を訪問することは難しいが、昨年は中高年の旅行者に人気だったという。

再評価されているとはいえ老朽化にはあらがえず、満州時代につくられた施設は減少傾向にある。大連市の歴史的建築物を研究している男性作家、●(のぎへん、つくりは尤の下に山)汝広さんの調査によると、大連にある日本ゆかりの建築物は1945年8月の終戦時点では5000〜6000軒あったと推計される。2010年には1200〜1500軒に、2020年には約800軒まで減ったもようだ。満州時代の役所や病院、銀行といった大型建築は保護されてきたが、住宅の多くは対象外のため、取り壊しが進んだ。

一方で、●氏は現状についてこう解説する。「2017年に大連市の(トップである)書記になった譚作鈞氏は古い建築物の保護を比較的重視している。このため17年ごろからはほとんど壊されていないと思うよ」

中国人にとって日本による占領や統治は苦い歴史だ。大連市の20代会社員男性、李さんは「日本時代の建物をみると、日本に支配されていたことを思い出す。中国人はその歴史を忘れるべきではない」と強調する。一方で「古い建築の前で写真を撮影すると、とてもかっこよく撮れるよ」と笑顔を見せる。

大連市では週末になると、中山広場にある建築群の前でドレスやタキシード姿で結婚写真を撮影するカップルが多くいる。李さんもその一人だ。日本による植民地支配の歴史はしっかり認識しているが、建築物としての美しさは率直に評価しているようだ。

作家の●さんは「日本が残した建築は大連の歴史の一部だ。日本の建築でも中国の建築でも特別に区別しない。文化的に高い価値があるものは保護する必要がある」と話す。

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