東京の千代田区立麹町中学校長として宿題や定期テストの廃止など数々の教育改革を断行したことで知られる工藤勇一氏。U22が5月末に開催した校長対談ライブ配信「これからの学びのカタチ」に出演した際に、繰り返し強調したのが、「自律」という言葉だった。工藤氏はどのように改革を実践してきたのか、なぜ「自律」という言葉にこだわるのか。4月に校長に就任した横浜創英中学・高等学校を訪ね、聞いてみた。

就任直後のコロナ危機 2週間で意識改革

「初期段階での教職員約80人の意識改革には半年程度かかるかなと思ったけど、コロナという危機のおかげで2週間程度で進めることができた」。7月上旬、横浜市神奈川区にある横浜創英の工藤校長は、教職員の変化をうれしそうにこう語る。3月に公立中学の校長を定年退職したばかり。高校運営の経験はゼロだ。ましてコロナ禍だが、対応はスピーディーだった。

横浜創英

3月31日にオンライン授業スタートのための管理職によるビデオ会議システム「Zoom」の研修を実施、4月1日には全教職員でコロナ対策のブレストを開始した。13日には工藤校長による生徒・保護者へのユーチューブ動画配信をスタートした。

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工藤校長の改革の目標は常に一貫している。「自律」した大人に育てることだ。生徒だけではなく、教職員も保護者もそれぞれが自ら考え、みんなと対話して課題を解決し、最適な教育環境を作り出す。今回はコロナという大きな課題に直面、工藤校長が教職員らに話したのは、先生たちが当事者としてこの課題について考え、みんなで話し合い、解決手段を見つけてもらうことだった。同校の箕輪靖副校長は「以前は校長からの指示待ちの教師も少なくなかったが、今は教師全員がそれぞれ考えて対話するようになった」と語る。

決して工藤校長がトップダウンでオンライン授業開始を指示したわけではない。同校では教職員に1人1台のパソコンを配備されておらず、IT(情報技術)に苦手意識のある中高年の教員も少なくなかった。

 

しかし、「コロナで苦しい家庭もある。我々が『苦手だからできない』ということは言わないようにしようということをまず決めました。あとは教員全員がオンラインでどう授業をしたらいいか、ブレストして徹底的に話し合い、かなり盛り上がっていました」

その結果、60代の先生も楽しくオンライン授業を展開できるようになったという。5月7日からオンライン授業を本格稼働。通常登校の再開は7月6日だが、授業の遅れはほぼなく、今後もオンラインを活用した授業もやっていく予定だ。

ITを活用し、従来の授業ではできなかったような新たな取り組みも進んでいる。複数の教師がチームをつくり、1人の教師が約200人の生徒に対して授業しているのだ。他の教師はオンラインの機能を使い、生徒をチームごとに分けてグループワークなどをサポートする。新しい取り組みは生徒からも出ており、オンライン部活やラジオ放送などのアイデアがすでに実行されている。

学級運営を子どもたちに任せる

麹町中学の校長時代に宿題や定期テスト、クラス担任制の廃止など学校の当たり前を次々やめて話題になった工藤校長。保守的な学校教育の常識を打ち破る合理的な手法、論理的な話し方が経済界からも注目を集めたが、企業人としての経験はない。東京理科大学卒後に数学の教師になり、中学校の現場や教育委員会でキャリアを積み上げてきた。

「この学級を君らにあげるよ」。山形県で教員をしていた若手時代、まずクラスの生徒にこう問いかけた。先生が指示するのではなく、生徒たちにクラス自治を任せた。それぞれに当事者意識を持たせ、自律した大人に育てるためだ。学級での決めごと、例えば掲示板のルール作りまで生徒に任せた。4月は生徒も多少困惑する。しかし「いつの間にか他のクラスと比べて『なんでも問題解決が早いし上手』という状態になっていく」のだという。

進学校から「荒れた中学」まで様々な教育現場で改革をしてきた工藤校長

校内暴力が横行する「荒れた中学」に赴任したときは、生徒や教師、保護者も巻き込み、関係者全員を当事者に変えることで学校再建の一翼も担った。教育委員会では職員や行政側と時にはぶつかりながら、ICT(情報通信技術)教育の環境づくりに尽力。関係者全員と話し合い、目標を定め、その課題解決の手段も対話で決めるのが工藤校長のスタイルだ。

 

名門校、麹町中学の校長時代に宿題や定期テストを廃止したのも、生徒の自律を促すためだった。生徒本人がやる気のないのに宿題を出されても身につかない。すでに宿題の学習内容を理解している生徒には時間のムダになる。定期テストも一夜漬けで暗記しても意味がない。その代わり単元テストを適宜実施して学習効果を高めた。

「実は麹町中の新入生の大半は第1志望の私立や国立の受験に失敗した子どもたちなんです。親や教師に不信感を抱いたり、無気力になったりする生徒が少なくない。それだけに工藤校長の改革は効果的だった」と千代田区の教育関係者は明かす。

2020年の麹町中学の進学実績は、筑波大学付属駒場高校に2人、開成高校1人、そして都立日比谷高校に5人、都立西高校に3人など、公立中学としては高い実績を上げている。日比谷高校の武内彰校長は「工藤校長のやり方はなかなかまねできない。日比谷はどんどん課題を出すやり方」と話す。

民主主義を支える大人を育てる

なぜ工藤校長は、これほど「自律」という言葉にこだわるのか。大げさに言えば、民主主義を支える大人を育てるためだという。工藤校長がショックを受けた調査がある。日本財団が19年に実施した「18歳意識調査」だ。

日米中など世界の主要9カ国を対象とした同調査によると、「自分を大人」「責任ある社会の一員」と答えた日本人は約30〜40%程度で米国や中国など他の主要国の3分の1から半分程度にとどまった。「自分で国や社会を変えられると思う」は18.3%、米国の65.7%、中国の65.6%と比べものにならない。

「日本人は指示待ちの人間ばかり。上の人に命じられると、行動するが、うまくいかなければ、人のせいにする。こんなことでは民主的な社会など作れるわけがない」と嘆く。

横浜創英は創立80年の歴史があり、バトン部が世界大会に出場するほか、吹奏楽部やダンス部、サッカー部などが全国クラス、部活動の盛んな学校として知られる。この数年は進学実績が伸び、入学志願者が急増している。

「横浜創英の母体、学校法人堀井学園には中高のほか、幼稚園や大学もある。横浜創英の取り組みを学園の全ての教職員の働き方を含めて、あらゆる経営改善に発展させていく覚悟です。ひいては日本の学校改革のモデルの一つになりたいと考えている。やはり最上位の目標は自律の力を養うこと。目標は麹町中と同じだけど、手段は違うかもしれない。教職員や生徒、保護者たちと対話しながら、全員で進めていきたい」と語る。教育界の改革者、工藤校長の新たな挑戦は始まったばかりだ。

(代慶達也氏)


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