トロント大学名誉教授のジェフリー・ヒントン(71)が人の脳の仕組みをまねた深層学習(ディープラーニング)を駆使して人工知能(AI)革命を起こした2012年。世界のAI研究者を驚かせた出来事がもうひとつあった。米グーグルがコンピューターに猫の顔を認識させることに成功したのだ。

■コンピューターが猫の顔を認識



人間と違い、コンピューターが猫を猫と断定するのは簡単ではない。グーグルはユーチューブの動画から1000万枚の画像データを取り出して、AIに猫とは何かを学ばせた。ここにもディープラーニングの理論が使われていた。

グーグルが「AI大国」をめざし本腰を入れ始めたのは、この2年前。きっかけはグーグル創業者、ラリー・ペイジ(46)と2人のAI研究者との出会いだった。

その1人がスタンフォード大学教授だったセバスチャン・スラン(52)。2005年に米国防高等研究計画局(DARPA)主催の自動運転車の賞金レースで優勝。実力を買ったペイジが2010年にグーグルにスカウトした。

誘い文句は「ムーンショットに挑戦しないか」。ペイジが自動運転のハードルの高さを、アポロの月面着陸計画のキャッチフレーズになぞらえたことを、スランは今も覚えている。

スランはスタンフォード大に籍を置きつつ、その年にグーグルが設けた秘密組織「グーグルX」のトップとして、AIを使った自動運転技術の開発を進めた。

■2人の立役者

スタンフォード大のスランの隣の部屋でAIを研究していたのがアンドリュー・ング(43)。2人は米東海岸にあるカーネギーメロン大学を経て、西海岸に移ったという共通項を持つ。

ングは当時、こんな思いを強くしていた。「これからのAI研究はいかに大量のコンピューターを使うかがモノを言う世界になる」。グーグルの世界最先端の設備はまさに最適な環境だった。

2010年3月のある日、2人は夕食をともにする約束をしていた。スランはそこにペイジを誘った。ングは初対面のペイジに思いを伝えようとプレゼン資料を用意していた。

3人が腰を落ち着けた高級日本料理店。パソコンを取り出す雰囲気ではないと感じたングは、ペイジに強い口調で語りかけた。

「グーグルが持つコンピューターを駆使して巨大なニューラルネットワークを築くべきです」。こう言うとAI大国への野望を持つペイジは関心を示した。「提案書を書いてくれ」。後日、ングは6ページの書類をまとめてペイジに送った。これがグーグルのAI研究機関「グーグルブレイン」の設立へとつながる。

ングがペイジに出した6ページの提案書の作成を手伝ったのがエンジニアのジェフ・ディーン(51)だ。ディーンはグーグルにある、エンジニアが就業時間の20%を好きなプロジェクトに使える、いわゆる「ルール」を使ってAIを研究していた。だがングとともに次第にグーグルブレインにのめりこんでいく。

グーグルのAI集団に異才が集まり始めた。

猫の顔を識別する手法は、ングのもとにいたインターン生のアイデアだった。参考にしたのはヒントンの論文だという。ングもヒントンから強い影響を受ける。「ジェフを『AIのゴッドファーザー』と呼び始めたのは実は僕」。ングは明かす。グーグルは2013年にヒントンもフェローとして招きAIの研究を強化していく。

■日本のスタートアップに触手

グーグルはAI大国の実現の過程で、日本のスタートアップにも手を伸ばした。

2013年、グーグルはヒト型ロボットの開発で知られる東京大学発スタートアップ「SCHAFT(シャフト)」を買収。AIの頭脳を持つロボットの開発がねらいだった。

シャフトは東大の研究者だった中西雄飛(37)と企業再生を手がけた経験を持つ加藤崇(40)が2012年に創業した。当初、中西らは「AKB49」と名付けた女性ヒト型ロボットを実用化したいと考えていた。

「誰がこれにお金を出すと思いますか」。加藤が問いかけると、中西は答えた。「秋元康さんかアラブの石油王でしょうか」。結局、より地に足のついた、災害時に人間の代わりとなる作業ロボットの開発へとカジを切った。
DARPAの競技会に出ると補助金が出たが、日本のベンチャーキャピタルはそれでも見向きもしない。経済産業省に支援を願い出ても一蹴された。産業革新機構(当時)にも「市場がない」と門前払いされた。

■「モバイルの次はAI」

ところが目を米国に向けると事態は一変。次々と著名なベンチャーキャピタルのアポイントが入った。日米の環境の違いを感じた加藤は、米国での資金調達に活路を見いだそうとした。

友人のツテでグーグルの投資部門の女性にテレビ会議でプレゼンする機会を得た。グーグルが自分たちに興味を持つわけがないと思い、練習のつもりだったが反応は悪くなかった。

次の週、米国から責任者が来日するとの連絡が入った。その責任者の名を聞いて加藤は驚いた。グーグルのスマホOS「アンドロイド」を生みだしたアンディ・ルービン(56)だった。実はルービンはこの頃から「モバイルの次はAIだ」と繰り返し公言していた。

2013年7月、東京・お台場のオフィスにジーンズ姿のルービンが現れた。中西によるデモに見入ったルービンへの説明は3時間に及んだ。テーブルに着くとルービンはこう告げた。

「グーグルの投資部門はすぐに君たちへの出資を決める。でも、もっと大きな絵を描かないか。我々は世界中から天才技術者を集めてドリームチームを作る。そこに参加しないか」

ルービンはその場でシャフトの買収を持ちかけた。日本では見向きもされなかったロボットベンチャーの実力をわずか3時間で見抜いた。買収額は「君たちで考えてくれ」とまで言う。

■AIで水道を管理

グーグルが日本のスタートアップを買収するのは異例だった。グーグルはその後、立て続けに7社のロボット企業を買収し、ドリームチームを築き始めた。その一員に加わるチケットを得た加藤も「これで世界の最先端に立てる。すさまじい高揚感があった」と振り返る。

ただ加藤は土壇場でグーグルへの参画を見送った。「ドリームチーム」の一員でいるより、会社を自らの手で起こしたいと考えたからだ。グーグルとの出合いが加藤を変えた。「アンディがアンドロイドを作ったのなら自分にもできるのでは、手の届くところにあるんじゃないかと思いました。僕にもその情熱がある、と」

それから6年、加藤はシリコンバレーにいた。「日本にいても仕方がない」。AIの本場で勝負を仕掛けようと選んだのは、ロボットとはかけ離れたイメージの意外な事業だった。

加藤はAIを使って水道管の老朽度合いを分析し、修理に役立てるフラクタを設立した。インフラの老朽化が進んだ米国では100兆円の市場規模が見込めると言う。実際、サンフランシスコやサンディエゴなど米西海岸で次々と大型案件を受注して事業を軌道に乗せた。

■「ドリームチーム」の地下水脈

ルービンがペイジの意を受けて構想したAIロボットのドリームチームは今やない。ルービン自身の女性問題がきっかけとされる。グーグルはロボット開発からいったん手を引く決断を下した。グーグルブレインを立ち上げたングは後事をディーンに託し、中国・百度(バイドゥ)へ移りAI研究所を立ち上げた。今はシリコンバレーでAIスタートアップを手がける。スランは教育事業に目覚めグーグルを巣立った。

移り変わりの激しいシリコンバレーで事業の離合集散は珍しくはない。ただAIで世界に挑もうという野心家たちは、会社の形が変わっても地下の水脈のようにつながっている。加藤が立ち上げたフラクタに昨年、グーグルXをスランと立ち上げた女性がアドバイザーとして加わった。加藤は言う。「今はまだ小さいが、こんなもので終わらない」。AIとグーグルから受け取った熱狂の火は途絶えていない。

=敬称略、つづく

(清水孝輔、杉本貴司)

  • 1970.01.01 Thursday
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