ポイント
○最低賃金上げ、貧困対策として限界あり
○現金給付での対応も所得捕捉などが難題
○育児、住宅、医療、教育などの給付充実を

1980年代以降、先進諸国の共通現象として所得格差は拡大傾向にある。樋口美雄・慶大名誉教授らの分析によると、日本では年金による再分配のない20〜30歳代世帯の所得格差拡大がみられる。


97年以降は、家計所得全体が低下傾向にあるとともに、相対的貧困と定義される層に属する人数も増えている。今後は、貧困層の固定化が懸念される。名目・実質賃金ともに低下が続くのも、欧米先進国にはない日本の特徴だ。低賃金の非正規労働者の増加により、全体の賃金が押し下げられているとみられる。


◇   ◇


所得格差拡大の是正策として、最低賃金引き上げが提唱される。実際、今世紀に入り最低賃金を引き上げた各国の検証では、賃金格差の縮減効果がみられる。


注意すべきは、賃金格差は貧困とイコールでないことだ。賃金が個人の労働の対価であるのに対し、貧困は世帯所得の問題だ。貧困か否かには、賃金のみならず世帯内の就業者や扶養家族の人数が密接に関わってくる。さらに個人の賃金分布と世帯の所得分布は一致しない。学生バイトなど、中高所得世帯にも最低賃金労働者が存在するためだ。その意味で、最低賃金引き上げは貧困対策としては構造的な限界を抱えている。


例えば最低賃金が賃金中央値の6割を超え世界最高レベルにあるフランスの専門家委員会は、最低賃金引き上げは貧困対策として有効でないとたびたび警鐘を鳴らしている。世帯所得別に最低賃金労働者の分布をみると、貧困世帯に属する者は19%にすぎず、多くは中間所得世帯に属する。


そもそも働けない、もしくは不安定雇用で労働時間を確保できない貧困世帯は賃金単価である最低賃金引き上げの恩恵を受けにくい(図1参照)。また、フルタイムで働きながら子ども2人を育てる単親世帯では、最低賃金の1%上昇による可処分所得の増加は0.2%にとどまる。そこでフランスでは、最低賃金よりも、低所得世帯向けの社会保障の拡充のほうが貧困対策として有効とされる。



貧困が世帯の所得問題だとすれば、低所得世帯の所得を直接補完する対策として「給付つき税額控除」の導入も有力視される。日本でも約10年前に税制改正大綱の検討事項として盛り込まれた。諸外国で既に導入されている給付つき税額控除はいわゆる「負の所得税」の構想をもとにしている。すなわち所得が一定額を下回ると、逆に現金が給付される制度だ。


病気や老齢などの定型的な事象ではなく、低所得自体をリスクとみた、税制を通じた再分配ともいえる。就労を受給要件とし、生活保護のように就労収入を給付額から全額差し引かず、就労収入の増加に応じて手取りが増える仕組みとすれば就労インセンティブ(誘因)を損なわない所得補完制度として期待される。


英国の「就労税額控除」は、週16時間以上就労する低所得世帯向けの制度として99年に導入された。ところがすぐに運用上の問題が相次ぎ、約10年で他の制度と統合・発展解消されることになった。深刻な問題は給付を巡る混乱だった。英国では、申請者の前年度所得から年単位の収入予測を立てて、毎週または毎月の前払い給付をしたが、申請後の収入変動についての把握・給付ミス、特に過剰給付が頻発した。


前払い制度は、先行する米国の「勤労税額控除制度」が1年分の後払いのため即応性に欠けると指摘されたことを踏まえた工夫でもあったが、事後の過不足処理の問題は残った。過剰分は後に返還請求されるが、困窮世帯は事実上返還余力を失っていることが多く、社会的混乱を招いた。


この問題は単に運用上の努力不足ではなく、低所得者の収入が不安定で捕捉困難という事実を過小評価したことにも原因がある。今やどの国でも、安定した雇用で規則的に賃金が得られる見込みを持ちにくくなっている。臨時で不安定な雇用は増えており、仕事の掛け持ちも珍しくない。


英国は新制度への移行の前提として、全雇用主が各労働者の賃金データを歳入税関庁に毎月送り、労働年金省と共有する大がかりな仕組みの導入を宣言した。しかし何度も新制度への移行が延期されたうえ、それだけコストをかけても、単発の仕事を請け負う個人事業主としての就労時間や所得は反映されない。


◇   ◇


この問題は、日本の働き方の変化とも無関係ではない。安定した正規型の雇用が減る一方、兼業・副業が増加し、請負型の働き方が広まれば、必然的に所得の変動幅は高まる。それらに個別に対応するためには、毎月の調査・給付にかかる事務運営コストが膨大になる。より公平を期すため、所得(フロー)だけでなく資産(ストック)を考慮しようとすれば、その把握はより複雑になる。


他方で、低賃金の正当化や固定化を避けるべく給付水準を最低所得保障にとどめる限り、病気など特別のリスクに対して別途備える必要性はなくならない。こうした問題は貧困対策として低所得を補う現金給付システムの限界も示唆する。


そのうえで現役世代への再分配のあり方を見直す余地はなお大きい。日本の再分配は高齢世代への比重が大きく、現役世代のニーズは個人で対応すべきだと考えられがちだ。例えば一般低所得世帯向けの期間の定めのない住宅費補助制度を持たない日本は、経済協力開発機構(OECD)諸国ではごく少数派だ。高等教育の自己負担も大きい。


このことは70年代までに形成された生活給的な賃金体系を前提とする限りでは不合理と言い切れない。だが年功賃金という建前の生活給が崩れて正社員の賃金カーブはフラット化しつつあり、賃金上昇の見込めない非正規労働者の割合が高まっている(図2参照)。安定した賃金労働の減少を考えれば、家族形成に必要な住宅・教育費用などが賃金で支えられるという前提を見直す必要がある。


最低賃金や均等・均衡待遇などの賃金規制は賃金カーブを保障せず、逆にも作用する。格差是正を超えて貧困対策を進めるならば、賃金規制だけでなく、これまで個人の生活給による対応が想定されてきたニーズを社会的に負担するシステムへの転換が必要だ。その際には現金給付より育児、住宅、医療、教育などサービス給付の保障を中心に据えるべきだ。費用負担の軽減だけでなく、例えば保育を利用できずに就労を断念しないよう、サービスへのアクセス保障が鍵となる。


若年層の貧困は子どもを産み育てる力を弱め、中高年期の貧困は老齢期の備えも難しくする。現役世代の貧困は少子化を加速し、社会基盤を揺るがす問題だ。


支え手を増やし持続可能な社会をつくるには、次世代を健やかに育める見通しが必要だ。賃金が右肩上がりでなくとも、ライフイベントの負担が大きくなければ見通しを立てられる。社会の発展のためには公平な高等教育の機会保障が重要であるし、住宅政策の見直しも求められている。


  • 1970.01.01 Thursday
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  • 07:53
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