ポイント
○働く者の中での格差の拡大が日本の特徴
○親が非正規だと子供も非正規なりやすく
○子供の医療や高等教育への補助の拡充を

日本の世帯間格差は2000年代後半まで緩やかに拡大した後、高止まりしている。18年の経済協力開発機構(OECD)統計によれば、他の先進諸国でも同じ傾向にある。先進国の格差拡大の背景には高齢化の進展がある。加齢とともに世帯間格差は通常拡大するので、高齢者が増えれば社会全体の格差は大きくなる。


また技術革新とともに教育を受けた者とそうでない者の差も拡大したといわれる。高度な技術を使える者への収益が相対的に増えたことに加え、技術に見合う教育を受ける者が増えていないことも指摘される。


だがこれらだけでは日本の世帯間格差の特徴を説明できない。日本では働いているかどうかの差よりも、働いている者の中での格差が拡大している。特に低所得階層の増加が背景にあるといわれる。これは所得よりも、包括的な世帯の厚生(満足度)を表すとされる消費でみた場合にも当てはまる。多くの先進国でみられる高所得層がますます富む現象とは異なる特徴だ。


働いている低所得層の拡大といえば、非正規労働者と正規労働者の格差が思いあたるだろう。非正規の所得は相対的に低く、その差は依然大きい。さらに日本の場合、一度非正規になるとなかなかその状態から抜け出せないといわれる。つまり非正規の経済厚生は現在だけでなく生涯にわたり低くなる。そしてこれが彼らの将来不安につながる。


◇   ◇

非正規労働者の経済厚生を議論する場合には、統計の整理が欠かせない。感情的な意見や印象に基づく議論では本当に必要な政策にたどりつけないからだ。


こはら・みき 大阪大博士(経済学)。
専門は応用計量経済学、労働経済学、家計行動の実証分析
統計を分析する際にはいくつか注意が必要だ。第1に非正規労働者を世帯として把握したい。特に非正規が家計を担う者であるかどうかをとらえたい。

ある人が非正規労働者だったとしても、その人の世帯に安定した所得を得ている者が存在すれば、各世帯員の経済厚生は低くなりにくい。逆にいえば、世帯の状況を考えずに個人が非正規かどうかだけをみて、経済厚生を把握すれば非正規労働による経済厚生の低さを過小評価してしまう。その点、世帯全体で分かち合うと考えられる消費に注目して経済厚生を計測すればこの問題は小さくなる。


第2に非正規労働者の所得や消費が低いとしても、それがただちにその人の経済厚生の低さを表すわけではない。所得や消費よりも、非就業時間の長さを求める者はいる。例えば子育て中の者がそうだろう。消費だけでなく時間の価値の考慮も重要だ。


第3に経済厚生を計測する場合には、所得や消費といった金銭的な側面だけでなく、非金銭的な側面も考慮したい。例えば精神的なものも含めた健康状態の悪さは見過ごせない。


これらに気を付けながら2人以上世帯に関する統計を整理すると、家計を担う者が非正規である場合、所得や消費の水準が低いことがわかる。また特に既婚女性が非正規として働く場合には、働かない場合や正規として働く場合よりも精神的な健康状態が悪くなる。労働時間が短いことによる喜びよりも、所得が低いことによる苦痛の方が大きいのかもしれない。


このように、働きながらも低い階層に分類される世帯の経済厚生は低いとされる。その何が問題なのか。一つにこのグループに属する世帯が将来を考えた行動をとりにくいことがある。例えば不慮の事態、特に好ましくない出来事の発生に備えた貯蓄や投資がなされにくい。そして予備的行動をとれない世帯の方が、負の出来事に直面する確率が高く、発生したときの厚生の損失が大きい可能性もある。このことは個々の世帯の問題にとどまらない。社会全体の厚生の損失だ。


さらにそうした世帯に子供がいれば、予備的な行動をとらないことは長期的な厚生の損失につながる。次世代への負の連鎖である。「Great Gatsby Curve」として知られるように、格差が大きい国で階層移動が少ないという関係がある。これによれば格差が大きい社会では、低所得階層の親から生まれた子供が低所得階層にとどまる確率が高い。


不慮の事態に対する行動差だけが、この関係を発生させる理由ではない。因果関係をとらえた統計分析の見解は一致していないが、子供の健康に関する予防行動や子供のための教育投資、家庭環境の差などが理由として挙げられる。


より複雑なのは親の働き方の連鎖だ。家計を担う親が非正規として働いている場合、その子供も成人したときに非正規として働く確率が高くなりがちだ。親の職業ネットワークが子供の職業決定に影響していることや、良くも悪くも親がロールモデルとなっていることが背景にあるのだろう。


◇   ◇

ところで、人々は「働けない」のだろうか、それとも「働かない」のだろうか。この識別は政策を議論する際には重要となる。


貧困層を含む低所得階層で、人々が純粋に外的な理由で行動をとれないならば環境を改善すればよい。本人の能力不足や家庭環境の悪さにより就業に関する質の高い情報を得られないのなら、それを与える場所をつくればよい。一方、実際は行動可能なのに行動をとろうとしないのならば、環境整備にどれだけ資金を投じても効果は見込めない。


残念ながら両者を完全に識別することは難しい。ただし、わかっていることもある。貧困層を含む低所得階層に、働くとか将来のための行動をとるといった意欲を持てない層がいることだ。筆者の分析では、日本の既婚世帯で夫が常勤以外の被雇用者(低所得階層に属すると考えられる)である場合に、貯蓄できない割合だけでなく、貯蓄しようと思わない割合も高いことが示されている。


貧困層を含む低所得階層で負の連鎖が起きる背景に意欲を持てないことがあるのならば、推奨される行動をとったときに得られる便益を高める必要があるだろう。例えば子供が医療サービスを受けるといった将来のためになる消費に対する補填が求められよう。子供の厚生でいえば、子供が選択する高等教育への補助拡充も望まれるだろう。消費に対する補助ならば、労働意欲を阻害しない。

労働に関する負の連鎖については、厚生の損失が長期にわたり発生するならば、なるべく早い段階でそれを断ち切る政策が必要だろう。若い時点の方が高い生産性を引き出せるし、社会への貢献も大きい。


貧困層を含む低所得層への補助政策には反対意見も聞かれるが、その多くは意欲を阻害することに対する批判だ。そもそも最初に生活困窮状態に陥ったのは、本人の非によるものだけではない。また理由は何にせよ、生活困窮に陥った者の生活補填は社会的費用となる。さらに格差の存在が機会の平等をゆがめることで階層移動の少なさにつながっているならば、政策で是正されるべきだろう。


次世代の高い生産性を引き出すためにも、貧困層の意欲を阻害しない補助政策が社会全体のため必要だ。

  • 1970.01.01 Thursday
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  • 18:49
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