資本主義の常識がほころびてきた。資本を集め、人を雇い、経済が拡大すれば社会全体が豊かになる――。そんな「成長の公式」が経済のデジタル化やグローバル化で変質し、格差拡大や環境破壊などの問題が噴き出す。この逆境の向こうに、どんな未来を描けばいいのだろう。


富の源泉シフト 「見えざる手」。近代経済学の父、アダム・スミスは「国富論」でこんな比喩を使い、企業や個々人の利益追求が結果的に社会全体を豊かにするとして自由競争の効用を説いた。だが、何かがおかしい。


車上生活する労働者 IT(情報技術)産業が急成長する米カリフォルニア州、シリコンバレー。50歳男性、マーク・ボナーさんは家を失い、約2000ドル(約22万円)で買った中古キャンピングカーで暮らすようになった。米グーグルのオフィスそばの通りには約500メートルにわたって似たような車が何十台も並んでいた。高収入のIT人材が大量に流入した結果、住宅費や生活費が高騰し、工場や飲食店などで働くひとたちが車上生活を余儀なくされている。


サンノゼなどシリコンバレーを中核とする都市圏では家計所得20万ドル以上の世帯の比率が2018年に3割弱と、過去5年で10ポイント強高まった。一方、米国の支援団体によるとシリコンバレーを含むカリフォルニア州のホームレスは18年までの5年で10%増えた。


時給15ドル運動 「民主主義って何だ?これが民主主義の姿だ!」――。米中西部ミシガン州デトロイト。19年11月、寒空の下にシュプレヒコールを叫ぶ声が響いた。全米で最低賃金15ドルを保証する法令の制定を目指す団体「15ドルへの戦い(Fight for $15)」のメンバーだ。この日は地元のハンバーガーチェーン「マクドナルド」の従業員らのストライキに呼応して集まり、待遇改善を訴えた。


自由競争の勝者が富を生み、それが社会全体に広がる。そんな資本主義の常識が通じなくなっているようだ。


デジタル優位に 産業革命以降、モノの大量生産が経済成長をけん引してきた。製造業が工場に多くの労働者を抱えて豊かな中間層を生み出し、消費や経済成長を支えた。だが、経済のデジタル化で富の源泉は知識や情報、データに移った。米アップルなど世界の大手10社のデジタル事業の市場の評価額は約6兆ドルと、すべての日本企業の有形固定資産(約5兆ドル、金融除く)を2割上回る。


脱「株主第一」 資本主義経済で成長のけん引役を担う企業。その「あるべき姿」も修正を迫られている。米主要企業の経営者団体は19年、約四半世紀にわたって掲げてきた「株主第一主義」の旗を降ろし、従業員や地域社会にも配慮した経営に取り組むと宣言した。「企業は株主のために利益を稼いでいればいい」としてきた米国型の資本主義は転換点にさしかかっている。


変わる「いい会社」 温暖化ガスの排出量より吸収量が大きい――。「クライメート・ポジティブ」と呼ぶ状態を30年までに実現すると家具世界最大手、スウェーデンのイケアが宣言した。抑制やゼロではなく、「温暖化ガス純減」にまで踏み込む常識外れの経営体制だ。


2億ユーロ(約240億円)を投じて再生可能エネルギーに切り替え、植林にも力を入れる。イケアが決断した「環境のため」の大型投資。気候変動が問題になるなか、「いい会社」の評価軸が変わってきたことを示す。


禁じ手の貿易戦争 資本主義にとって大きな「異物」となっているのが中国だ。異形の統制型経済は強制的な技術移転や巨額の産業補助金で、自由経済の競争ルールに真っ向から対立する。それなのに、そのダイナミズムは恐ろしいほど。18年の起業数は670万社と4.7秒ごとに新しい会社を生み出した。同年の名目国内総生産(GDP)は約13.4兆ドルと80年当時の44倍に拡大。米GDPの65%の水準に迫った。


統制型の経済は長期的には効率悪化が避けられないはず。だが、追われる側の焦りは強く、米国は貿易戦争という禁じ手に出た。保護主義が最終的には世界大戦を招いた1930年代の教訓はかすむ。


危機のたびに「復活」 歴史を振り返れば、資本主義は何度も危機にさらされてきた。産業革命期には労働環境の悪化などから資本主義への批判が強まり、1848年にはマルクスが「共産党宣言」を発表している。第2次世界大戦後にも欧米で企業の国有化や規制強化が広がり、自由競争が後退する時期があった。


だが、資本主義は「そのたびに復活した」(英歴史学者ニーアル・ファーガソン氏)。イノベーションを促し、経済成長を続けていくには市場を通じた自由競争しか解がないからだ。実際、資本主義が東側諸国や新興国に広がった90年代以降、世界の貧困率は大きく低下した。いまや70億人超を覆う資本主義。世界を巡って新たな試練や矛盾を乗り越えようとする動きを探る。

  • 1970.01.01 Thursday
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