81歳でiPhoneのアプリを開発し「世界最高齢のプログラマー」と呼ばれた女性がいる。若宮正子さん(84)だ。「シニアにこそ情報技術(IT)を使ってほしい」という思いから、国内外での講演や本の執筆など活動の幅を広げ、自らをITエバンジェリスト(伝道師)と称する。


◇   ◇   ◇

北欧のエストニアがIT先進国だと聞き、6月に1人で現地に行ってきました。電子政府をシニアがどう活用しているかを調べるためです。


初めに役所で話を聞くと「シニアの役に立つことをメニューに入れている」「使いやすさに徹底的にこだわっている」「役所と民間の垣根をなくした」と言っていました。本当にそうなのか。検証するため、エストニアのシニアにアンケートへの協力を依頼したところ、約100人が応じてくれました。

6月にIT先進国エストニアの実情を視察した(写真はエクセルでアート作品を作るワークショップの様子)

現地で日本企業の進出や法人設立を支援している斎藤・アレックス・剛太さんと共同で、私が考えた質問を英語とエストニア語に訳しました。すると8割方が電子政府のサービスを使っていると回答。「生活を豊かにしている」という答えも9割以上で、政府の説明と一致していました。

 

自分でも体験してみるため、エストニアのバーチャル市民としてIDを取得した。 パソコンを開いてIDを読ませると健康保険、かかりつけ医の情報、自身の通院履歴や処方箋などが同じページでわかります。根っこにあるのは「情報は私たちのもの」「だから自分たちで管理する」という思想です。哲学が違うんですね。


電子政府の恩恵を一番受けるのはシニアだと思います。災害で薬が流され保険証もお薬手帳もなくなって、かかりつけ医もよそに避難したとします。常用している薬を飲もうとしたら、日本なら最初から検査をやり直さなければいけないでしょう。エストニアならIDカードを読むだけで処方してもらえます。


 

最先端のIT事情を貪欲に吸収する若宮さんだが、初めてパソコンを手にしたのは1990年代前半。勤めていた銀行の定年が近づいた58歳の時だった。

まだ一般にパソコンが普及する前でしたが、「おもしろそう」と思い、独学でスキルを身につけました。そのころ母が要介護状態になって、私もつきっきりでした。一歩も外に出られない日も、パソコンは私を広い世界に連れて行ってくれました。


「メロウ倶楽部がなければ今日の私はなかった」と言う(前列右から2人目が本人、11月7日に東京都江東区で開かれた「20周年記念全国オフ」で)

20年前、シニア世代の交流サイト「メロウ倶楽部」の設立発起人になり、今は副会長を務めています。その前身に入会したとき、歓迎メッセージが届きました。「人生は60歳を過ぎるとますますおもしろくなる。それまでの蓄積が花開く。70歳を過ぎるともっと充実してくる」


最初は書き込みをすると「作法がなっていない」とか「そんな内容はここに書くべきじゃない」とか、よく叱られました。でもこの年代で叱ってもらえるのは貴重な経験です。私はみなさんに「人生に『遅い』はない」と言っています。


■アップルCEOから「ハグ」
 

パソコンだけでなくスマートフォンにも、出始めた当初から親しんだ。だが一般には、「使い方がわからない」などといって敬遠するシニアが多かった。 年寄りが面白がるようなアプリが全然なかったんですよ。年寄りが若者に勝てるゲームを作ろう、それならひな祭りの飾り付けがいいと思いました。


自分で設計図を書き、東日本大震災のボランティアで知り合った宮城県のアプリ開発会社の社長に「作ってください」と頼んだら、「マーチャン(若宮さん)が自分でやれば?」。神奈川県内の私の自宅から、通話ソフト「スカイプ」で教えてもらいながら作りました。


2017年のひな祭り直前に「hinadan(ひな壇)」が完成しました。「素人っぽさもここまで来ると立派なものだ」なんて言われました。でも、ちゃんと動きます。


縁あって朝日新聞の記事になりました。それを見た米CNNから20問ぐらいの英語のメールが来て、「2時間以内に返事がほしい」って。グーグルの翻訳アプリを使って返信したら追加の質問がきて、今度は「20分以内に返事をしたら今晩流してやる」。日本の伝統行事をゲームにしたのが画期的だという電子版の記事で、40カ国語以上に翻訳されたようです。



アップルのティム・クックCEOと談笑する若宮さん(2017年6月、米カリフォルニア州サンノゼで)

しばらくしてアップルの日本法人の方が「話を聞かせてほしい」と言ってこられました。1カ月ぐらいすると「一緒に米国に行きましょう」と。最初は「用事がある」と断りましたが、「あなたにどうしても会いたいという人がいる」と言われてしまって「どなたですか」と聞くと「ティム・クック最高経営責任者(CEO)です」。さすがに失礼になるので、米国に向かいました。


米アップルが年1回開く「世界開発者会議」への特別招待だった。世界の優秀なアプリ開発者を集め、新製品も発表する重要イベントだ。前日、サンノゼ市の会場近くの指定された部屋で待っていると、クック氏が現れた。 「はじめまして」ぐらいかと思っていたら、「あなたのiPhoneを見ながら一緒に話しましょう」と言われたので、うろたえました。ほかの方は遠巻きに見ているだけでした。



アップルの世界開発者会議で、クックCEOは若宮さんの画像の前でスピーチした(17年6月、米サンノゼで)=ロイター

私は「シニアはスワイプ(指を滑らせる)が苦手だから、タップ(たたく)で遊べるようにしました」などと説明しました。CEOが「テキスト(文字)が小さすぎるんじゃないか」とおっしゃるので「iPhoneは画面が小さいから絵柄とのバランスが崩れます」。


「ではiPad用にすればいい」「縦横比が違うから難しい」なんて、町のプログラミング教室みたいな会話になりました。最後に、CEOが「私はあなたから刺激を受けた」と言ってハグしてくださったのでびっくりしました。


開発者会議では冒頭、CEOから「世界最高齢のプログラマー」と紹介されました。一緒に登壇したのはオーストラリアから来た10歳の坊やでした。彼らは多様性を訴えたかったのね。民族、性別などの多様性はあったけれど、80歳代のおばあちゃんは大発見だったんですよ。


■銀行では「業務改善」大好き

東京教育大学付属高校(現筑波大学付属高校)を卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行した。1997年に定年を迎えるまで勤めあげた。


 

生まれたのは東京です。父は三菱鉱業(現・三菱マテリアル)に務める会社員でした。第2次世界大戦中は信州の鹿教湯温泉(長野県上田市)に学童疎開したり、父の転勤について兵庫県生野町(現・朝来市)で暮らしたりしていました。小学4年生のとき、敗戦を迎えました。



兄の学生帽をかぶらされて少し不機嫌な若宮さん。兄は「とても活発で『向かうところ敵なし』だった」と回想する


高校は進学校でしたが、戦後のどさくさで入ったようなものです。若い人から「どうして大学に行かなかったんですか」とよく聞かれますが、女性は大学に行かない時代でした。


最初の配属先は本店営業部で、貸金庫などの窓口を担当しました。計算はそろばん、お札は手で数える世界です。私は不器用だったから、先輩にいつも「まだ?」って聞かれていました。10年ぐらいするとだんだんコンピューターが導入され事務が機械化されたので、そんなことも言われなくなりました。


私は業務改善が大好きで、上司によく提案をしていました。当時は支店ごとにお客さまの要望を聞いていましたが、それでは手に負えないこともあります。だから全社的な「お客様相談窓口」を作るべきだといった内容です。


当時、「ベルトクイズQ&Q」というテレビ番組がありました。職場の花(女性)対決という企画で、対戦相手は全日本空輸に決まりました。「向こうは客室乗務員が出てくる。絶対に勝てる行員を選手にしろ」ということで、私がキャプテンになりました。4〜5人勝ち抜いて見事に勝ちました。



30歳代の後半、企画開発部門に移る。当時の若宮さんをよく知るのが畔柳信雄・三菱東京UFJ銀行元頭取だ。仕事ぶりで印象に残っているのは、ほぼすべての金融機関の口座からの代金引き落としに使うシステム「ワイドネット」の立ち上げ。「相当、熱心にやってもらった。合理性の追求の極致のような仕事で、若宮さんにぴったり合っていた」という。


上司には目を掛けてもらいました。法人部門のマーケット調査をしたり、銀行振込や口座振替の手数料システムに関わったりしていました。


当時の私は「こうしてほしい」というアイデアは出すけれど、実際にシステムを作るわけではありません。担当部署には「素人なのにうるさい」と、ずいぶん、嫌がられていたのではないかと思います。


畔柳さんから見ると、私は高校の先輩にあたります。私は気軽に「くろちゃん」なんて呼んでいました。今は応援団になっていただいています。


趣味は海外旅行。一人で出かけて、現地の人と交流するのが好きだ。


これまで訪問した国は60カ国以上になります。予約の手違いで、言葉が通じない国のホテルで宿泊を断られることもありますが「泊まれないと困る」と言って粘る。そうすれば何とかなるものです。


■AIスピーカーはシニアの味方

人生100年時代、高齢者も学び直しが必要と指摘する。特に重要なのは金融と情報技術(IT)だという。


 

6月に東京で開かれた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議関連のシンポジウム「高齢化と金融包摂」で基調講演をしました。シニアに金融教育をすると認知症になる率が低下するそうです。とはいえ、インターネットで株を売り買いしたりするのは難しいかもしれません。



G20財務相・中央銀行総裁会議の関連シンポジウムで基調講演した(6月、東京都千代田区)

私は「ジジババファンド」を提案しています。例えば1人50万円ずつ拠出して、スタートアップを目指す若者に投資する。失敗することもあるだろうけれど、オレオレ詐欺に引っかかるよりマシでしょう。100人から集めれば合計5千万円。若い起業家は高齢者に事業内容がわかるように、工場や農場の見学会を開けばいい。それによって高齢者と若者が近づけます。


こういうことを通してシニアも「時代を知る」「社会を知る」「科学を知る」「ITを知る」ことが大事だと思います。


「スマートフォンは難しいから使わない」ではなく、なぜできないのかを若い開発者たちに伝えないといけません。彼らも知りたいでしょう。


自宅には人工知能(AI)スピーカーを設置し、日常生活で使いこなしている。
AIスピーカーはシニアの味方だと思います。初期設定さえしておいてもらえば、寝たきりになっても使えます。


  自宅でもIT機器を使いこなす(神奈川県藤沢市)

いま一番必要なのは、AIの側から働きかけるプッシュ型のサービスです。大雨が降ったら「避難準備命令が出ました」とモニターとスピーカーで教えてくれるといった機能です。あるいは胸が苦しくなったら119番に電話するとか、いろいろなシニアのニーズがあります。


日本の建設業では何百万人も働いているけれど、台風で飛んだ屋根を直せる職人さんの多くはシニアです。「おじいちゃん大工さん」の存在は貴重です。若者にノウハウを伝えることは大事ですが、おじいちゃん自身がITを学べば鬼に金棒です。


ドローンを使って屋根の上に材料を運ぶとか、壁の中を内視鏡で見るとか、音の反射で様子を探るとか、デジタルの世界を知らないで旅立った大先輩に比べ、私たちは恵まれています。


 シニアのIT教育に関しては、教える側の問題も多いと指摘する。

役所では詳細を知ることは難しいでしょう。統計では70歳代の半分がスマホを持っているかもしれませんが、家に帰ったらバッグに入れっぱなしで、充電していないから、もしものときに使えない。どう使っているかまで踏み込んで考えないと意味がありません。スマホなどの説明書も、専門家が作っているから伝わりにくい面があります。



若い世代とも交流の輪を広げている(エストニアの電子政府を共同で調査した斎藤・アレックス・剛太さんと、都内で)

私に言わせれば、LINE(ライン)はコミュニケーションツールというより、シニアにとっては「茶の間」です。家族や気心の知れた仲間が安心してくつろぐところです。一方、ネット空間は不特定多数が行き交う銀座や原宿です。専門家からはひんしゅくを買うかもしれませんが、そういう解説の本を書いてもうすぐ出版します。


■エクセルでアート作品

若宮さんは表計算ソフト「エクセル」を使って様々なデザインをつくる「エクセルアート」の創始者でもある。


 

シニアにコンピューターを使うと何ができるかを理解してもらうために始めました。セルを塗りつぶしたり、ケイ線を色づけしたりして、好きな模様をつくります。シニアの女性は編み物や手芸が好きだから、その延長線上でできます。


エストニアで皆さんとお近づきになるため、おばあちゃんと子どものためのエクセルアートでうちわを作るワークショップを開きました。シニアも子どもも2時間もあれば「私が作りました」と言って、個性的な柄を持ってきます。最後に子どもたちがうちわを振って「おばあちゃん、さようなら」って言ってくれたので、うるうるしちゃいました。



エストニアの子供たちとエクセルアートのうちわを作った(右から2番目が若宮さん、6月に同国の首都タリンで)

昨年秋の園遊会に呼んでいただいたとき、エクセルアートのロングドレスとハンドバッグで行きました。バッグは発光ダイオード(LED)ライトでぴかぴか光るようにしました。


皇后さま(当時)が「あら、光りますのね」と話しかけてくださって、天皇陛下(同)もご覧になりました。皇后さまからは「いつまでもお元気でご活躍くださいませ」とおっしゃっていただきました。


58歳でパソコンを手にした若宮さんは、世代を超えて様々な人たちとつながっている。 私は国籍、年齢、性別などに関係なく、フラットな付き合いをしたいと思っています。


井上美奈ちゃんをご存じですか。ロボットの研究をしている10歳の小学生です。私がIT先進国のエストニアに行く話をしたら、すごく興味を持ってくれて、同じ時期に現地に行くことになりました。彼女は「同世代のかけ橋になりたい」という立派な趣意書を書き、クラウドファンディングで渡航費を集めました。帰国後には自分で報告会を開きました。


私は美奈ちゃんを、友人であるロボットコミュニケーターの吉藤オリィさんに紹介しました。2人はきっといい友達になれると思います。


来年度から小学校でプログラミング教育が必修になります。「スマホは教育に悪い」と思っていたお母さんたちは「文部科学省に裏切られた」と言っているそうですが、それは違います。例えばA君は跳び箱を飛べるのにB君は飛べない。スマホで動画を撮って、仕切りの位置や飛び出す角度を分析する。そういうのがプログラミング的発想であり、つまり理論的思考を教えるのだと思います。


 大切にしているテーマは「私は創造的でありたい」だ。

創造こそ人工知能(AI)にも動物にもできない最も人間的な活動です。ある小学校の先生がこう言っていました。「近ごろ元気に活躍している大人は小学生時代の問題児が多い。優等生はふるわない」。そういう時代なんです。


私は84歳になりましたが、前よりアタマが良くなった気がしています。たくさんの人に会い、いろいろな刺激を次から次へと与えてもらったことが成長の元になっているのでしょう。


(伊藤浩昭氏が担当しました)

  • 1970.01.01 Thursday
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  • 05:54
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