日本では政府がキャッシュレスを推進しているが、欧米ではその弊害に関する議論が活発になっている。高齢者や地方など社会的弱者が取り残される恐れがあるためだ。カード会社などに手数料が取られ、万人に安価な決済手段を提供するという制度の根幹が揺らぎかねない面もある。政策当局の視線はキャッシュ・アクセスの確保に移りつつある。


■差別禁止・弱者保護を背景に転機


キャッシュレスは転機を迎えている


「多くの地方で銀行支店が減った結果、金融システム上、低い信頼しか得られていない地方のコミュニティー、高齢者、中小企業経営者は、安価・便利・十分な金融サービスを享受できていない。そうした人々の金融サービスへのアクセスを改善するように政策を変更する必要がある」


米連邦準備理事会(FRB)は2019年11月、地方コミュニティーの銀行支店アクセスと題するリポート(Perspectives from Main Street: Bank Branch Access in Rural Communities)で、オンライン決済などキャッシュレスの進展に伴う銀行支店の減少が、高齢者などに犠牲を強いている状況の改善を強く求めた。フィンテックブームがもたらしたキャッシュレス化の流れは、欧米では差別禁止や人権保護、弱者保護といった観点から転機を迎えている。


■フィンテックが変える決済基盤

数年前から国際金融界はフィンテックブームに沸いた。暗号資産であるビットコインなどが仮想通貨ともてはやされ、一部で決済にも使われた。モバイルの発達とデジタル化が銀行のあり方を変えるとの指摘も増え、経済学界でも「モバイルバンキングと決済革命」(The Mobile Banking and Payment Revolution)(スニル・グプタ米ハーバード・ビジネススクール教授)など、「革命」「破壊的」といった過激な言葉が飛び交った。


実際、金融のあり方は大きく変わり始める。キャッシュレス化は人口の少ない北欧諸国などで急速に進み、その決済に占める比率は英国やスウェーデンで50%を上回り、20%程度の日本と大きな差がついている。米国では銀行の支店数がピークの12年の8万3000支店から、18年には7万7000支店におよそ7%減っている。


キャッシュレスには光と影の両面がある。光の面の代表はキャッシュをベースにした金融サービスが行き届いていなかった新興国で、モバイル端末でのキャッシュレス決済が可能になったことや、銀行支店がない地方などで金融アクセスが改善したことだ。先進国でも銀行窓口などで人手をかけて実施していた決済がモバイルなどで実施され、金融機関のコスト削減につながっている。そうした技術を提供する新興企業が台頭し、経済の活性化に役立っている面もある。


■取り残される高齢者

影の面については、比較的早い段階から意識されていた。初期の議論はマクロ経済への影響が中心だった。ケネス・ロゴフ米ハーバード大教授は14年に論文「紙幣廃止のコストと利点」(Costs and benefits to phasing out paper currency)で、新しい技術が電子決済の選択肢を増やすことが見込まれる一方で、紙幣の廃止には難しい問題も生じるとして、中央銀行に依存しないマネーが増えた場合の通貨発行益の減少、カード会社に払う手数料による取引コストの上昇などの問題点を挙げていた。


実際にキャッシュレス化が進み始めると、影の面については実害の検証が始まる。英ロンドンのミドルセックス大学は18年に「金融包摂にとってデジタリゼーションのリスクと機会の研究」(Study on risks and opportunities of digitalisation for financial inclusion)と題する研究報告を発表した。エストニア、英国、イタリアの事例を検証したうえで、金融機関は身体や認知の困難が増える高齢化を見据え、金融アクセス改善に取り組むべきだと主張した。


19年1月には英国の学会であるRSA(The Royal Society for the Encouragement of Arts, Manufactures and Commerce)が「キャッシング・アウト キャッシュレス社会への移行に伴う隠れたコストと影響」(The hidden costs and consequences of moving to a cashless society)と題する報告を発表した。「キャッシュから逃れるダッシュが始まっている。金融機関はコストのかかるインフラを減らそうとしているが、それらを欠かせないサービスとして利用している何百万もの人々の金融ニーズに害をもたらしている」と指摘している。


■スウェーデン中銀が規制方針

「影」の部分が明らかになるにつれて、利用者の立場を踏まえた「キャッシュ・アクセス」を求める声が強まっていく。


英国では18年にフェアー・ファイナンス、エイジUKなど消費者団体からの委員などで構成する独立委員会、アクセス・トゥ・キャッシュ・レビュー・パネルを立ち上げ、キャッシュのあり方を検討し、その結果を19年3月に最終報告(Final Report - Access to Cash Review)としてまとめた。報告書はキャッシュ・アクセスの確保、幅広くキャッシュが受け入れられる状況維持、効率的で頑強なキャッシュインフラの構築、誰でもデジタル決済を選択肢としては使える状況にすること、キャッシュに関する監視と規制の確保などを求めている。


欧州の消費者グループの集まりである欧州消費者組織は19年9月に「キャッシュvsキャッシュレス 消費者はキャッシュを使う権利が必要」(Cash versus Cashless - BEUC)という報告を発表した。「イノベーティブな決済手段が選択肢になっても、キャッシュは決済手段として確保されるべきだ」として、欧州連合(EU)に(1)商店がキャッシュを受け付けることを義務付ける(2)消費者は手数料なしでキャッシュ・アクセスでき、ATM手数料の禁止国はその制度を維持する(3)ATMの利用可能な環境と適正な配置――などを求めている。


こうした議論の広がりを背景に、当局も動き始めた。


キャッシュレス先進国のスウェーデンでは、18年10月に中央銀行であるリクスバンクが、キャッシュ・アクセスについて「すべての銀行と決済サービスを提供する信用機関はキャッシュ・サービスの提供が義務付けられる。ただ、それを自ら実施しないで、ほかのエージェントが実施することを妨げるものではない。キャッシュ・サービスの提供には、個人に対する預金サービスの提供も義務付けることが重要とリクスバンクは考えている。キャッシュを、(電子的に使われる)信用バランスに変えたい人は、口座で実施できなければならない。中央銀行マネーと、商業銀行マネーの交換は銀行の役割である」(Consultation response on Secure access to cashConsultation response on Secure access to cash)との見解を示している。


■アマゾン・ゴーも軌道修正


アマゾン・ゴーも軌道修正を迫られている


米国ではキャッシュレスを拒否する当局の動きも出始めた。フィラデルフィア市は小売店のキャッシュレスを禁止した。キャッシュでの支払いを拒否してはいけないとするとともに、キャッシュ利用に対してほかの決済手段より高いチャージを課すことも禁止している。このキャッシュレス禁止(キャッシュレス・バン)の動きはフィラデルフィア市から、ニュージャージー州、サンフランシスコ市へと広がりをみせている。



サンフランシスコは全米でもフィンテックが盛んで、しかも所得水準が極めて高い都市だが、市はキャッシュレス化によってクレジットカードへのアクセスがしにくい低所得者やホームレスの人々に害になるとの見解を示している。


キャッシュレスで話題になったアマゾンが手掛けるコンビニの「アマゾン・ゴー」は、キャッシュレスが差別を助長するとの批判を背景に、19年5月に開いたニューヨークの店舗で現金を受け付けるようになった。これまでキャッシュレスだった店舗でもサンフランシスコなどでは店員に申し出ると、店員が機器を持ち出し、それでバーコードを読み取り、代金を受け取る対応をしている。


■日本は当局が収益優先の勧め

日本はキャッシュレス決済が花盛りだ

一方、日本では政府が先頭に立ってキャッシュレスを進めているほか、日銀も17年11月に当時副総裁だった中曽宏氏が、「日本は可住地面積当たりの金融機関店舗数が突出して多いなどオーバーバンキングの状況にある」と指摘したうえで、中長期的な収益の確保を念頭にビジネスモデルを見直すよう促している。


金融界ではそうした当局の後押しと呼応するかのように、みずほフィナンシャルグループがおよそ100支店の閉鎖方針を打ち出している。また実際の小売店舗ではキャッシュレス併用の動きが広がっているほか、一部では無人AI(人工知能)決済店舗が検討されるなど、動きが急だ。


ただ、例えば銀行支店の場合、人口10万人当たりの銀行支店数は16で、キャッシュレスが進みキャッシュ・アクセスが問題視される英国(17)、スウェーデン(15)と同レベルで、米国(26)よりも少ないのが現状だ。欧米の中央銀行が行き過ぎを警告しているのに、日本はさらに店舗削減を促しており、欧米と日本の監督当局の利用者保護に対する目線の差が浮き彫りになっている。

  • 1970.01.01 Thursday
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  • 20:38
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