広島と長崎に人類初の原爆が投下されてから75年となる。一瞬で命を奪われた人から原爆症で命を落とした人まで原爆死没者は約50万人に上る。日本で戦後生まれの割合は8割を超え、被爆の実相を知る高齢者は少なくなっている。数字と写真から核問題や被爆地の「いま」を探る。(後半に「写真が語る被爆の実相」)

 

■世界の核弾頭1万3410発、米ロで9割 長崎大推定

長崎大核兵器廃絶研究センターは各国の公表データや科学者団体の調査資料を基に、国ごとの核保有数の推定を毎年公表している。

今年6月時点の世界の核弾頭は計1万3410発。保有数が最も多いのはロシア(6370発)で、作戦配備中の大陸間弾道ミサイル(ICBM)は812発、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)は560発だった。

2位の米国は5800発を保有する。配備中のICBMは400発、SLBMは900発。ロシアと米国で約9割を占める。3位は中国だ。20年の国防費(中央政府分)を前年比6.6%増の1兆2680億元(19兆円強)とするなど軍備増強を着々と進めている。

G20大阪サミットで会談するトランプ米大統領(右)とロシアのプーチン大統領(2019年6月、大阪市)=ロイター

G20大阪サミットで会談するトランプ米大統領(右)とロシアのプーチン大統領(2019年6月、大阪市)=ロイター

北朝鮮の保有は35発で、同センターは「核・ミサイル戦力は拡大傾向にある」とみる。

調査を始めた2013年の世界の保有数は計1万7300発。7年間で2割減少したが、米国の保有するICBMは1発につき広島型原爆の20倍以上の爆発規模があるとされる。同センターの中村桂子准教授は「現在の核の全体像を伝えることで、核の脅威は決して過去のものではないことを知ってほしい」と語る。

■原爆死没者50万人 当時の死者は広島14万人、長崎7万人

原爆が歴史上で唯一、兵器として使われたのが第2次世界大戦中の日本だ。米国が1945年8月6日に広島、3日後の9日に長崎に投下した。爆心地を中心に熱線と爆風、放射線の被害が広がり、同年末までに広島で約14万人、長崎で約7万人が亡くなったとされる。当時の人口は広島市が約35万人、長崎市が約24万人。両市には旧日本軍の拠点や兵器工場があった。

 

米軍機より撮影したきのこ雲(写真右)と広島県産業奨励館(原爆ドーム)、爆風がほとんど真上から到達したため建物の壁の一部は倒壊を免れた(ともに米軍撮影 広島平和記念資料館提供)

米軍機より撮影したきのこ雲(写真右)と広島県産業奨励館(原爆ドーム)、爆風がほとんど真上から到達したため建物の壁の一部は倒壊を免れた(ともに米軍撮影 広島平和記念資料館提供)

広島市・長崎市原爆災害誌編集委員会の「広島・長崎の原爆災害」によると、広島市の92%、長崎市の36%の建物が全壊などの被害を受けた。

 

長崎市香焼町から見た原子雲(写真右、長崎原爆資料館 所蔵)と同市松山町から見た浦上天主堂(長崎原爆資料館 所蔵)

長崎市香焼町から見た原子雲(写真右、長崎原爆資料館 所蔵)と同市松山町から見た浦上天主堂(長崎原爆資料館 所蔵)

被爆者は原爆によって固形がんや白血病などを発症する「原爆症」にも苦しむことになった。慰霊碑に納める原爆死没者名簿の記載数は両市で計約50万人(昨年8月時点)。被爆者のほか、投下時に国が指定する地域外にいた「被爆体験者」の名前も記載されている。

 

 

 

■被爆の実相伝える「遺構」209件、ピーク時から1割減

原爆の爆心地は猛烈な爆風と熱線にさらされ、広島市内では9割の建物が全壊などの被害を受けたとされる。自治体は倒壊を逃れた建物などの「遺構」を被爆建造物として保存し、被爆の実相を後世に伝えている。

 

 

広島市の被爆建造物の登録数は2019年度で86件。世界遺産の原爆ドームや、軍服や靴の生産拠点だった「旧広島陸軍被服支廠(ししょう)」などがある。長崎市は旧城山国民学校校舎など123件(樹木などを含む)を登録している。自治体は被爆建造物の所有者に保存工事への助成制度などを設けている。

都市開発や老朽化で取り壊されるケースが増えている。広島市と長崎市の最多の登録数は、98件(1996年度)と139件(99年度)。それぞれピーク時から1割ほど減少した。被爆建造物を巡っては保存を望む市民も少なくない。

 

旧城山国民学校(長崎原爆資料館 所蔵)

旧城山国民学校(長崎原爆資料館 所蔵)

 

■広島の原爆資料館、インバウンド増加 19年度は全体の3割

被爆者の体験談を聞いたり、被爆資料や遺品を見たりすることで、原爆の悲惨さや核廃絶の必要性を学んでほしい――。こんな思いが込められ1955年8月にオープンしたのが広島平和記念資料館(広島市)だ。

 

 

開館初年度の入館者数は11万5千人だったが、2019年度は175万9千人と過去最多を記録した。年間30万人以上の学生が訪れるなど修学旅行の平和学習として定着した。それに加えて近年、入館者数を押し上げてきたのがインバウンド(訪日外国人)だ。

19年度の外国人の入館者は約52万人で全体の3割を占めた。世界最大の旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」の日本国内の観光地ランキングでは、厳島神社(広島県廿日市市)などと並んで上位に名を連ねる。一方、長崎原爆資料館(長崎市)の19年度の入館者数は約69万人。開館した96年度と比べて4割ほど減少した。

20年は新型コロナウイルスの影響で、両資料館とも一時閉館した。再開した広島平和記念資料館の1日の入館者数は平時の6割程度の3000人に絞っている。インバウンドの回復の見通しは立っていない。

 

 

 

■全国の被爆者13万6千人 ピーク時から6割減

厚生労働省によると、「被爆者健康手帳」を持つ全国の被爆者は2019年度末時点で13万6682人。ピークだった1980年度(37万2264人)と比べて6割減少した。平均年齢は83.31歳。高齢化が進み、被爆者団体の解散も各地で目立つようになっている。

 

 

都道府県別では、広島県(約6万2千人)と長崎県(約3万6千人)で約7割を占める。東京都は約4700人、大阪府は約4500人。

被爆者手帳は自治体に申請して交付される。(1)直接被爆(2)原爆投下から2週間以内に広島市や長崎市に入った(3)救護活動に従事(4)胎児被爆――のいずれかに該当する人が対象だ。国から医療費やデイサービスの自己負担分が賄われたり、葬祭料が支給されたりと支援を受けられる。19年度の原爆被爆者対策予算は約1253億円。累計の対策費は6兆円近くに上る。

国は、原爆放射線によって病気になった被爆者に月額約14万円を支給する「医療特別手当」を設けている。受給には厚労省の専門家会議の認定を受ける必要があり、20年3月末時点の対象者は約7千人。申請が却下された被爆者が処分の取り消しを求めて提訴するケースもある。

 

 

 

■被爆体験「伝承者」 広島・長崎に187人、証言受け継ぐ

広島、長崎の被爆の記憶を次世代に伝える「被爆体験証言者」の活動が高齢で難しくなる中、証言を受け継ぐ「被爆体験伝承者」の育成が進んでいる。広島市は2012年度に制度を作り、20年度の伝承者は150人。14年度から制度をスタートさせた長崎市には37人の伝承者がいる。

広島市の場合、伝承者になるには、話し方の技術や被爆の実相を学ぶ約3年間の研修を受講する必要がある。同市では18年度、小学生や中学生ら約1万6千人に対し、伝承者が被爆の記憶を伝えたという。

 

 

伝承者の年代は10〜80代と幅広い。このうち30代以下は広島市が4%、長崎市が32%にとどまっており、若い伝承者づくりが今後の課題となりそうだ。

一方、広島市の20年度の証言者数は40人。ピーク時の15年度の8割ほどの水準だ。長崎市の20年度の証言者数は43人で、最多だった18年度から4人減った。悲惨な体験を伝えようと、近年になって証言者の活動を始めた被爆者も少なくないが、高齢などを理由に引退する人も相次いでいる。

(大阪社会部 今井孝芳、上林由宇太 大阪写真映像部 小川望、玉井良幸、目良友樹)

  • 1970.01.01 Thursday
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