新興国でスマートフォンを使った金融サービスが急速に広がっている。スマホが財布の代わりになり、送金や投資もアプリひとつで完結する。人工知能(AI)が信用を判定し、お金を借りることもできる。銀行の窓口に並ぶ必要はなく、いつでもどこでも金融サービスを利用できるようになった。銀行は世界で日常のお金のやり取りを支え、経済成長のけん引役にもなってきたが、その銀行に「さらば」を告げ、一生かかわらない人が増えていく。そんな未来が新興国の風景の中に見える。

インドネシアの利用、中国並みへ
「給与の70%を電子マネーに入金している」。インドネシアの首都ジャカルタに住むエンジニアのバユ・ウィチャクソノさん(23)は日々の支払いのほとんどをスマホを使う電子マネー「OVO(オボ)」で済ませる。配車サービスでの移動や食品など日々の買い物から、母親への仕送り、金融商品への投資にまでOVOを使う。給与自体は銀行口座で受け取っているが、「(最大約8万円の)入金上限がなくなれば、給与も電子マネーで受け取りたい」と話す。

インドネシアでは電子マネーの利用が世界最速レベルで拡大している。インドネシア中央銀行の統計によると、2019年9月末時点の電子マネーの発行件数(カード式も含む)は約2億5700万件で、すでに銀行のキャッシュカード発行枚数約1億7000万枚を超えた。16年末と比べると5倍という急増ぶりだ。審査や口座維持手数料が必要なこともある銀行と違い、スマホにアプリを入れて携帯電話の番号を登録するだけですぐに電子マネー口座が作れるからだ。

「インドネシアのフィンテックの成長スピードは驚異的だ。今はまだ2008年の中国の状態に近いが2〜3年で現在の中国に追いつくだろう」。OVOのジェイソン・トンプソン最高経営責任者(CEO)はこう話す。


実際にOVOは17年にサービスを始めて、2年あまりで1億人を超える利用者を確保した。もともとは大手財閥リッポー・グループが始めた電子マネーで、主にリッポーの持つ百貨店やショッピングモールなどで支払いに使えた。今は配車サービス大手グラブ(シンガポール)やインドネシアのネット通販最大手トコペディアと提携。ネットとリアル(実店舗)の両方で使える場所を増やしたことや、支払額の30%などの大胆なキャッシュバック戦略で、消費者の心をつかんだ。

2001年に利用が始まり、日本を代表する電子マネーとなった「スイカ」(JR東日本)の発行枚数(7500万枚強)を超えた。米調査会社CBインサイツによると、OVOの企業評価額は29億ドル(約3100億円)で、インドネシアで5番目のユニコーン企業(非上場で企業評価額10億ドル以上)となった。



電子マネーの「ゴーペイ」などが財布代わりになっている(ジャカルタ)=三村幸作撮影
インドネシアでは、ライバルの「ゴーペイ」もネットとリアルの双方で加盟店を増やしている。中国アリババ集団の金融会社、アント・フィナンシャル系の「DANA(ダナ)」も勢力を拡大しようとしている。各社がキャッシュバックなどにより、激しく競い合うことで「スマホ金融」が拡大し、銀行にとってかわるディスラプション(創造的破壊)が起きている。

タイでは大手財閥チャロン・ポカパン(CP)グループ系の電子マネー「TrueMoney(トゥルーマネー)」が利用を伸ばす。ネット通販などをてがけるSea(シンガポール)も東南アジアで「AirPay(エアペイ)」を展開する。S&Pグローバルは「スマホの普及率が高まる一方、銀行口座の普及率は低いままというミスマッチがあり、電子マネーが成長する余地は大きい」と指摘する。

日本など先進国では銀行口座保有者の割合が9割を超えるが、インドネシアでは5割を切るなど新興国の保有率は低い。現金を出金できるATMも少ない。こうした既存の金融インフラの不足が電子マネーに飛躍的な成長をもたらす。

スマホのアプリにお金を入れ、支払いに使ってもらうのはアジアの電子マネー各社が描く未来の入り口にすぎない。

「今買って、後で払おう」。クレジットカードの宣伝ではない。スマホのアプリでお金を借りられる「クレディーボ」のサービスだ。一般のクレジットカードは年齢や職業、年収を評価し、発行の可否や限度額を決める。ただ、新興国では仕事を始めたばかりの若者などは収入があってもクレジットカードを作れないことが多く、カード普及率は5%以下にとどまる。これに対し、シンガポール企業フィンアクセルがインドネシアで運営するクレディーボは、AIで独自に信用を評価することで若者らがお金を借りられる仕組みを作った。


OVOやゴーペイも同様の後払いの仕組みを始めている。OVOのトンプソン氏は「様々な利用ケースから集めた膨大なデータから、リスク・スコアリング・モデルを構築している」という。電子マネーの利用方法や場所、額などに応じて、利用可能額をはじき出す。銀行が持つ経験に裏打ちされた与信にAIとビッグデータで挑戦する。

タッチひとつで、瞬時に国際送金
スマホを使った金融は国境をも超え始めた。アジアではインドネシアやフィリピンを出て海外で働く労働者の送金ニーズは膨大だ。シンガポールや香港などでは休日になると、インドネシア人やフィリピン人が送金会社の窓口に長い列を作る光景が見られる。だが、スマホひとつで国際送金ができるサービスも登場し、今後はこうした姿を見ることも少なくなるかもしれない。例えば、シンガポールの通信大手シンガポール・テレコムが提供する「ダッシュ」はインドネシアやフィリピン、ミャンマーなどにアプリで送金できる。

既存の銀行や送金の仕組みではお金が届くまでに数日かかることもあったが、電子マネーを使った仕組みなら基本的に瞬時に届く。国際銀行間通信協会(SWIFT=スイフト)は海外送金が30分以内に終わる新システムを加盟銀行に広げるなど、銀行側も対応を迫られている。


近代的な銀行の先駆けは1472年にイタリアのシエナで生まれたバンカ・モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナだとされる。日本では1873年に渋沢栄一が創設した第一国立銀行が最古の銀行だ。各国では銀行が個人の余剰資金を預金として集め、事業拡大のための資金を渇望する企業に融資することで経済成長のエンジンとなってきた。銀行は預金と融資を拡大するために支店網やATMを広げ、窓口や営業、審査の人員を増やしてきた。スマホがあらゆる金融ニーズを満たす時代には、こうした過去には必要だった資産が重荷になり、低コストの新興金融サービスに先行を許してしまう。

中国をフィンテック大国にしたアリババや騰訊控股(テンセント)のスマホ決済では、ほとんどの人が銀行口座の預金を使う。中国での銀行口座の普及率が8割と比較的高く、スマホ決済が発展する基盤になった。ところが、中国と異なり、銀行口座の普及率が低いアジアの国でも、スマホを使った決済や融資などの金融サービスが銀行に頼らない形で急速に広がっている。

挑戦する新興国の「かえる跳び」
アジアなどの新興国で、先進国の人々が驚くようなスピードや形で新しいサービスが発展する現象は「かえる跳び」という言葉で広く知られるようになった。固定電話通信網の遅れがもたらしたスマホの普及はその代表例だ。既存のインフラやサービスが乏しいため、金融でも電子マネーなど新しいサービスの需要は大きい。政府や企業も既存インフラの有効活用を気にせず、大胆に挑戦しやすい。

7月、カンボジアの中央銀行、カンボジア国立銀行がブロックチェーン(分散型台帳)技術を活用したデジタル通貨「バコン」の運用を始めた。中央銀行主導のデジタル通貨は世界初の試みとみられ、すでに数千人が利用しているという。

国立銀行と提携する国内の9の金融機関が窓口となり、利用者はスマホのアプリで電話番号を登録すると、一定金額まで無料で決済や送金、店舗での支払いができる。対象通貨は米ドルと現地通貨のリエルで、銀行口座を互いに開設する必要はない。タイの中央銀行やマレーシアの大手銀行ともシステムの構築を進めており、出稼ぎに出ているカンボジア人の母国への送金需要も狙う。


カンボジアは縫製業などの労働集約型産業に依存する人口約1600万人の小国だ。銀行口座の保有率は20%程度と低く、銀行の支店やATMなどの金融インフラも少ない。さらには通貨リエルの信用度も低く、ドルが事実上の自国通貨として機能する。デジタル通貨はシステム障害やサイバーテロに遭うリスクも大きいが、カンボジア総合研究所の鈴木博最高経営責任者(CEO)は「しがらみが少ないから新しいことに挑戦できる」と話す。一方で携帯電話の保有は「1人1台」を超え、デジタル通貨が普及するための環境は整っている。

6月、米フェイスブックがデジタル通貨「リブラ」を使った金融サービスを20年に始めると発表すると、先進国の政府や中央銀行はすぐに警戒の目を向けた。金融政策への影響やセキュリティー対策、資金洗浄対策など考慮すべき課題が多く、20カ国・地域(G20)は当面認めない考えだ。新たな金融サービスに対して警戒が先に立つ先進国と、大胆に挑戦する新興国の違いが見える場面が今後増えるかもしれない。

文 ジャカルタ=鈴木淳 ハノイ=大西智也

写真 ディマス・アルディアン


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