2020年度に始まる大学入学共通テストでの英語民間試験の活用見送りが決まった。グローバル時代に対応して英語入試を変える構想が浮上して6年。不十分ながらも積み上げられてきた準備は土壇場の政治判断で瓦解し、白紙に戻った。多くの高校生や大学を翻弄した混乱の原因と、試験の再構築を期して新たに始まる議論の課題を探る。

「入試として使うのは初めてなので、海外の事例を参考にしながら精いっぱい頑張っている」「東京五輪の影響で試験会場を借りるのが難しい」。10月21日に全国高等学校長協会(全高長)が開いた民間試験を巡る緊急シンポジウム。複数の試験団体の幹部が準備の遅れについて釈明した。

試験開始まで半年を切っても決まらない試験会場や日程の詳細。全高長の幹部は「改善の兆しが見えない」とあきれた。

実施の準備がここまで難航し、混乱が広がったのはなぜか。最大の問題は文部科学省・大学入試センター、試験団体、大学の3者が有機的な連携を欠いたことにある。

試験運営を民間に委ねることで財政負担を抑えられる代わり、文科省には団体の指導権限がない。会場確保などは団体に実質丸投げされた。

その上で文科省側は新たな要求を団体に次々に出した。推薦入試などに合わせ2020年4〜12月の間の3つの時期に成績を提供するのをはじめ、経済的弱者らへの配慮でも細かな注文が付いた。

「後出しジャンケンの連続だった」と関係者。今年7月初めには「TOEIC」がこうした要請に「適切な対応を見いだせない」と撤退した。

民間団体である以上、採算度外視の運営は難しい。ある団体の幹部は「試験会場を用意して誰も来なかったら損失になってしまう」と話す。

大学側の民間試験の活用方針も割れた。同じ大学の学部や学科で利用法が異なることも。大手予備校からは「我々でも情報収集に青息吐息。受験生が混乱するのは当然だ」との声が上がった。

東京大の五神真学長が事態改善の要望書を出したのを受けて文科省が昨年12月に設置した、試験団体や高校、大学などとの作業部会も「ほとんど開かれなかった」(委員の一人)。

「文科省、試験団体、センターのどこに言っても責任ある答えが返ってこない」。試験の全容が見えない中、いら立ちと不安を募らせた全高長は7月下旬、文科省に「責任を持って事態の収拾を」と求めた。

この頃には大手試験団体の幹部も「止まってくれたらベストかも」と漏らすようになっていた。しかし、文科省が政治の力に折れる形で見送りを決断するまでには、さらに3カ月余りを要した。

民間試験の活用は政治主導で始まった。活用ありきで、懸念や問題点を高校や専門家が繰り返し指摘しても立ち止まらなかった文科省。その要請をこなすのにきゅうきゅうとするだけだった試験団体。急転直下の見送りは、責任の所在が曖昧な今回の仕組みの根本的欠陥を是正せずに進んだことの当然の帰結だった。


台風15号の被害を受けた千葉県内の太陽光発電所は4時間にわたって燃え続けた(9月9日、千葉県市原市)

太陽光発電など再生可能エネルギーの防災面のもろさがクローズアップされている。今秋以降の相次ぐ大型台風では千葉県内の水上メガソーラー(大規模太陽光発電所)火災など被害が発生、風力発電でも設備の課題が指摘される。日本は山間地や水上などで再生エネの開発が進んだ半面、コスト削減が優先され安全基準作りなどが後手に回ってきた面がある。

東日本各地に大雨の被害をもたらした台風19号。太陽光発電関連のメーカーや業界団体は台風上陸前に、水没した太陽光パネルや蓄電池を触らないよう、ホームページなどで告知した。停電時の電力として防災の観点からも注目される太陽光だが、災害の度に関係者は神経をとがらせてきた。



特に被害が大きかったのは9月上旬の台風15号だ。5万枚の太陽光パネルを設置する千葉県市原市の水上メガソーラーでは、強風にあおられたパネルが破損するなどして火花が散り、周辺部材から火災が発生したもようだ。運営する東京センチュリーと京セラは復旧作業と原因調査を進めるが、長期化の様相を呈している。業界関係者は「数億円のコストがかかる可能性もある」と話す。

9月末に発生した台風17号でも、佐賀県の水上メガソーラーでパネルが破損。豪雨や台風が相次いだ2018年にも、少なくとも全国40カ所以上の太陽光発電所が被災した。同年7月の西日本豪雨では神戸市で斜面設置の太陽光パネルが崩落し、新幹線が運休する二次災害も起きた。

風力発電も同様の課題に直面する。2018年の台風20号では、兵庫県淡路市の風力発電施設が根元から倒壊した。2016年には風力発電国内首位のユーラスエナジーホールディングス(東京・港)の鹿児島県の発電所が台風の直撃を受け、風車の軸部分や羽根が折れた。

再生エネの導入は自然条件や土地条件に依存する。日本の太陽光発電の累積導入量は2018年、中国、米国に次いで世界3位となった。平地が少ない日本では山間地の斜面に太陽光パネルを設置するなど、限られた国土を最大限に活用してきた。

導入促進の裏で防災対策が後手に回った面は否めない。産業技術総合研究所・太陽光発電研究センターの大関崇チーム長は「固定価格買い取り制度(FIT)の導入で、太陽光パネルの施工などの知見の無い新規参入者が急増し、壊れやすいものが増えた」と語る。

官民は手をこまぬいていたわけではない。経済産業省は2018年に太陽光パネルの風に対する耐久性基準を引き上げ、風の強さなどの条件に応じ従来比2倍以上の風圧に耐える設計を求めるよう変更。風力でも2017年に日本工業規格(JIS)を改正し、国際規格を上回る平均風速57メートルという日本独自の耐風基準を設けた。

ユーラスは大型台風が接近する恐れがある場合、各地の発電所への影響を試算し、発電機を前もって停止する仕組みを築いた。台風15号でも静岡県の発電所を止めた。

課題は防災コストをどこまで上積みするかだ。太陽光関連企業の幹部は「パネル設置の強度を高めるための架台の改良や設備増強が今後は必要になる」という。業界ではパネルの価格競争が激しく発電コストが下がる一方、発電事業者の収益確保は厳しくなっている。風力も「欧州に比べ設備にかかるコストが数倍高い」(業界関係者)。安全基準に対応するだけ収益性が下がる。

政府は2018年に定めたエネルギー基本計画で、再生エネが電力に占める比率を現在の約15%(水力含む)から2030年に22〜24%まで高める方針だ。

台風15号では送電網が被害を受け大規模停電を招いた。再生エネは安定し発電できれば、有効な自立型電源になる。近年は蓄電池とセットでの発電も増える。大規模インフラの復旧に頼らない地産地消の非常電源として定着する可能性はある。

産総研の大関氏は「基準や規制の強化一辺倒ではコストが上がるばかりだ。行政と民間が連携し、各地の太陽光パネルの施工をチェックする制度を設けるなどの対策をとるべきだ」と話している。(河野祥平、坂本佳乃子)

2020年度に始まる大学入試改革の目玉だった英語の民間試験が、実施まで5カ月の土壇場で見送りとなった。準備してきた高校や大学、試験団体からは反発や戸惑いの声が上がり、混乱は収まりそうにない。制度設計の甘さに目をつぶって見切り発車で導入に突き進んだ文部科学省の責任は重い。

「皆さまとの約束を果たせなくなってしまったことを、大変申し訳なく思います」「試験会場(探し)を団体任せにしていた」。1日の記者会見で、萩生田光一文科相は受験生に謝罪するとともに、民間試験団体に準備を事実上丸投げしていたことへの反省を述べた。

萩生田氏が受験機会の格差に関し「身の丈に合わせて頑張ってほしい」と発言して以降、試験延期を求める声は強まる一方だった。それでも文科省内では「延期したら余計に混乱する。準備してきた受験生もいる」と慎重な意見が多かった。

状況が急転したのは10月31日だ。文科省の設定した公表期限である11月1日を前に、実施団体が試験会場の場所などを開示。ベネッセコーポレーションが全国161地域に会場を置くと発表するなどしたが、全体像は明らかにならなかった。

受験機会の格差の解消が不透明になる中、省内でも20年度の実施を見送らざるを得ないとする雰囲気が強まっていった。

政権の思惑も影響した。菅原一秀前経済産業相、河井克行前法相と閣僚が相次ぎ辞任し、導入を強行すれば安倍政権への批判が強まりかねないという懸念があった。文科省は31日も幹部が首相官邸と調整を続けたが、最終的に見送りとなった。

民間試験を巡っては、受験生の居住地や家庭の経済状況で受験機会に差が出るとの懸念が当初から指摘されていた。目的や内容が異なる複数の民間試験を同じ物差しで比べることにも疑問の声が上がっていた。

文科省は指摘のたびにつぎはぎの対応を重ねた。高校側で「各大学の成績の活用方法が未定で対策ができない」と不満が高まると、活用方法の公表期限を急きょ設定。期限までに公表した大学に限り、民間試験の成績提供システムの利用を認めるといった具合だった。

同省が実施にこだわったのは、民間試験が大学入試改革の残り少ない目玉だったからだ。政府の教育再生実行会議や中央教育審議会が提言した項目のうち、共通試験の年複数回実施や、高校生の基礎学力テストの導入構想は高校側の反対などで後退。「英語民間試験と共通テストでの記述式問題の導入くらいしか残っていない」(同省幹部)状態で、民間試験の見送りは自らのメンツがつぶれることを意味した。

見送りについて、自民党の世耕弘成参院幹事長は1日の記者会見で「文科省の制度設計の詰めの甘さが原因だ」と批判。公明党の斉藤鉄夫幹事長も「不安と混乱を招いた責任は政府と文科省にある。大いに反省してほしい」と話した。

見送りの影響は大きい。既に多くの高校生が民間試験の受験準備を進め、試験の実施団体も会場を借りて機器をそろえている。こうした投資を巡り政府が補償を求められるリスクがある。

国公私立大の6割は民間試験の成績提供システムを利用する予定だった。今後は選抜方法の見直しを迫られる。同省は検討会議を設けて制度を抜本的に見直し、1年後をめどに新たな英語試験の結論を出すというが、受験機会の公平性や成績評価の客観性の問題を短期間でクリアできるのか。議論は難航しそうだ。

「判断が遅すぎる」 英語民間試験見送り、高校生憤り

「判断が遅すぎる」「勉強に余裕ができた」。2020年度の大学入学共通テストでの英語民間試験の活用見送りが発表された1日、大学進学を目指す高校生からは憤りの声が相次ぐ一方、安堵する様子もみられた。合否判定などに利用する予定だった大学の担当者は戸惑いを隠せない。試験の実施団体は「非常に残念」と落胆した。

「これまでの対策が水の泡。やると決めたら徹底してほしかった」。都内の私立高校に通う2年生の男子生徒(17)は憤る。私大文系が志望で1年生のときから民間試験対策をしてきたという。

「大学受験は将来に関わること。もっと早く発表してほしかった」というのは都内の公立高2年の男子生徒(16)。志望校が活用を予定する「英検」を1年前から毎回のように受けており、「せっかく準備したのに振り回された」と不満をあらわにする。

一方、私立高3年の男子生徒(18)は「浪人も視野に入れて勉強できるようになった」と安堵する。生物の研究を志すが、憧れる国立大の模試の判定は厳しめ。7科目の勉強をしており、「ただでさえ時間がない。民間試験の勉強には来年も手が回らなかっただろう」と話す。

男子生徒が通う高校ではこの日、4時間目の授業で進路指導担当の教員が民間試験の活用見送りを説明。「君たちの代には関係ない。落ち着いて勉強に取り組むように」と諭したという。

民間試験の活用を予定していた大学には戸惑いが広がる。東京工業大の担当者は「国の通達に従って進めるしかないが、正式な連絡がない」と言葉少なだ。

民間試験の活用を独自に始めている東京理科大の入試担当者は「直接の影響はない。ただ、国が一括して民間試験の成績を大学に提供するシステムは便利で、利用する前提で準備していたので戸惑っている」と語る。

福井大の北林美津子入試課長は「受験生に迷惑がかかるなら、やむを得ない判断だった」と受け入れる。高校では「読む・聞く・書く・話す」の4技能の育成に力を入れる授業が増えつつあると聞いていただけに「高校の英語教育が後退しなければよいが……」と不安を漏らす。

試験実施団体にも衝撃が広がった。「英検」を運営する日本英語検定協会の担当者は「(受験希望者から受け取った予約金の返還など)今後の対応は文部科学省と協議していきたい。文科省には受験生が戸惑わないような対応を願うばかりだ」と話した。

民間試験の「GTEC」を運営するベネッセコーポレーションは1日、「受験生が安心して受験に臨めるよう準備を進めてきたので、非常に残念」とコメント。「TOEFL」を運営する米ETSは「議論を注視しつつ、生徒の英語力向上に向けて日本が尽力していくことを引き続き支援していく」とした。

別の試験団体の担当者は萩生田光一文科相の会見内容を翻訳し、海外の本部に送付。「いまできることは、これだけ」とため息をついた。


「象徴」焼失 傷心の沖縄 出火当時、無人か 正殿内部から次々延焼

那覇市の首里城で31日未明に発生した火災では、「正殿」の内部で上がったとみられる火の手が周囲の建物へと次々に燃え広がり、正殿や「北殿」など少なくとも約4200平方メートルを焼いた。「沖縄の誇りそのもの」ともいわれるシンボルの焼失に、県民らは深い悲しみと喪失感に包まれた。

首里城の火災で、火元とみられる正殿内部は出火当時、無人だった可能性が高いことが同日、沖縄県警などへの取材で分かった。正殿にはスプリンクラーが設置されず、火災は正殿から周囲の建物に次々と延焼。鎮火まで11時間にわたり激しく炎上した。県警は11月1日に実況見分し、出火原因を調べる。

県警や消防などによると、火災は31日午前2時40分ごろ発生。火災報知設備が反応し、警備員が正殿内部から煙が上がっているのを目撃したという。

その後、現場に駆けつけた消防隊員が正殿に向かって左側から炎が上がり、正殿から「北殿」や「南殿」に燃え移るのを確認した。

その後、火は近接する「黄金御殿」などの建物にも延焼し、同日午後1時半ごろ沈下するまでに計7棟を焼いた。

現場付近では31日午前1時半ごろまで、琉球王国時代の儀式などを再現する「首里城祭」の準備で関係者が作業していた。出火当時、正殿内部は無人だったとみられ、正殿につながる門も全て施錠されていたという。国営首里城公園を管理する法人の職員は、この日の準備作業では火を使っていないと説明している。

消防によると、首里城は文化財保護法上の文化財に指定されておらず、同法に基づくスプリンクラーの設置義務はない。消防法上、設置義務がある病院や大型施設などにも該当しないという。

正殿には軒から水をカーテンのように放出し、外側からの延焼を防ぐ「ドレンチャー」という設備は設置されていたが、延焼防止に役立ったかどうかは不明という。

首里城には木造の建物が多く、31日未明は周囲に強い北風が吹いていたため、風にあおられて火が一気に燃え広がったとみられる。



琉球王国の歴史や文化を今に伝えていた首里城(那覇市)の正殿が火災により全焼した。戦争で破壊された後、沖縄県民の強い思いを受けて復元され、沖縄のシンボルとなっていた。政府や県は速やかに再建する方針を示しているが、主要な建造物7棟が焼失し、元の姿に戻すには長い時間を要する可能性もある。


木造3階建ての正殿は、琉球王国で国王が政治や儀式を執り行った最も重要な建物。古文書の改修記録や戦前の写真、住民の証言や遺構調査の結果などを基に琉球史の研究者らが考証を重ね、屋根にある龍の飾り、黄色がかった朱色の外壁など、18世紀ごろの姿を再現していた。

焼失した建物内には、琉球王国時代から伝わる絵画や工芸品も収蔵されていた。

城内の石垣や正殿に至る階段などの遺構は琉球王国当時の状態で残っており、2000年に首里城跡を含む「琉球王国のグスク及び関連遺産群」が世界遺産に登録された。文化庁は「火災によって損傷している可能性がある」として調査官4人を現地に派遣した。

戦前に正殿は国宝に指定されていたが、1945年、沖縄戦での米軍の砲撃などによって首里城は焼失した。再建を望む県民の声を受け、政府は1986年、沖縄の本土復帰を記念する国営公園整備事業として復元することを決定した。

89年から始まった工事には宮大工、漆職人などが携わり、本土復帰20周年に当たる1992年に正殿などが完成して首里城公園が開園した。その後も園内の整備は続き、2019年1月、30年に及ぶ復元工事が全て完了したばかりだった。

復元計画に初期から関わった元沖縄県副知事の高良倉吉・琉球大名誉教授(琉球史)は「沖縄独自の歴史や文化を形として示す首里城は県民のアイデンティティーの基礎となっている」と強調。「前回の復元工事によって資料や人材は蓄積されたが、数年で再建できるものではないだろう」と話す。

内閣府沖縄総合事務局によると、首里城公園には18年度に約281万人が訪れ、開園した1992年度(約111万人)の約2.5倍になった。2020年東京五輪の聖火リレーのコースにもなっていた。

首里城公園の所有権は国が持っており、2019年2月から運営を沖縄県に移管した。県から指定を受けた一般財団法人「沖縄美ら島財団」が管理している。正殿などの再建計画や財源は今後検討されることになる。

歴史的建造物の保存や修復に詳しい工学院大の後藤治教授は「復元にあたっては資材や職人の手配、予算の確保などが課題となる。木造で建て直す場合、火災の発生や延焼拡大の原因を特定したうえで、防火対策などを慎重に議論する必要がある」としている。

2020年東京五輪のマラソン・競歩は札幌で――。国際オリンピック委員会(IOC)が唐突に発表した計画に対し、東京都の小池百合子知事が抵抗を続けている。IOCは「決定済み」と聞く耳を持たず、国や大会組織委員会は既に受け入れの姿勢を示している。蚊帳の外に置かれ、外堀を埋められた小池知事の状況は厳しい。

25日、小池知事はIOCのジョン・コーツ調整委員長を都庁7階の応接室に笑顔で招き入れた。小池知事が「IOCの発表には大変驚いています」と切り出すと、コーツ氏は待ち構えていたかのように畳みかけた。「札幌への変更は(IOC)理事会で決定したこと」「選手が倒れると、東京のイメージが悪くなる」

小池知事はこれまで重ねてきた暑さ対策を訴え、マラソンのスタート時間を午前6時から前倒しする考えも示して食い下がる。だが、コーツ氏は「暗くて中継のヘリコプターを飛ばせない」「観客もいないなかで走らせるのはかわいそう」などとはねつけた。

発端は9月下旬、中東カタールのドーハで開かれた陸上の世界選手権の女子マラソンだった。暑さ対策で真夜中の午前0時ごろスタートしたが、気温は32度。ランナーの4割がゴールできずに途中棄権した。車いすで運ばれる選手などの映像が世界中に流れ、主催者の国際陸上競技連盟は大きな批判を浴びた。

万一、東京五輪で同じような事態を招けばIOCが批判の矢面に立つ。深刻に受け止めたIOCのトーマス・バッハ会長は組織委の森喜朗会長に「暑さ対策に責任を取れるのか」と繰り返し迫り、押し切った。

組織委は遅くとも10月8日ごろには会場変更の受け入れを固めたとみられ、10日に予定された五輪観戦チケット第2次抽選に関する記者会見は8日夜になって「関係者との調整がつかなかった」との理由で延期された。

大会関係者などによると、森会長は9日夕、自民党東京都連の総務会長を務める萩生田光一文部科学相と共に官邸を訪ね、安倍晋三首相に説明をした。同日、北海道出身の橋本聖子五輪相にも伝えたという。10日までに秋元克広札幌市長も情報を得ていたもようだ。

ところが、小池知事に伝わったのはIOCが会場変更の計画を公表する前日、10月15日のことだった。都幹部は「IOCは都と事前に協議すると話がもつれて決定が遅れると考えたのではないか」とみる。

小池知事は就任直後の16年、大会費用の見直しを理由にボート・カヌーなどの会場変更を提案。IOCと組織委は寝耳に水で、会場建設や費用負担の議論が数カ月遅れた経緯がある。都議の中には「開催都市の知事なのにIOCとのパイプを作れていない」との批判もある。

16日のIOCの発表を受け、森会長は17日に「受け入れざるを得ない」と発言。橋本五輪相も同日「決められた方向で成功に向け全力を尽くす」と会場変更に前向きな姿勢を示した。

収まらない小池知事はテレビ出演を繰り返し、東京での開催を主張し続けた。暑さ対策など、これまでの準備が無駄になるだけではない。都市内を巡り、チケットがなくても沿道で観戦できるマラソンは五輪の花形競技。皇居前や浅草、東京タワーを巡るコースの自治体や地域団体は、関連イベントを企画するなどして期待を高めていた。

30日から都内で始まったIOC調整委員会会議には、IOCのコーツ氏、組織委の森会長、政府の橋本五輪相、小池知事らが顔をそろえた。小池知事は会場変更への抵抗を続けており、3日間の会議で受け入れに至るかどうかは不透明だ。

ただ、五輪の競技会場の決定権はIOCにある。五輪開幕まで9カ月を切り、札幌に会場を移すのであれば早急に準備を進める必要がある。「小池知事としては簡単に旗を降ろせないだろうが、札幌開催が覆ることはあり得ない」と、政府関係者は話している。

(筒井恒、鬼頭めぐみ)

電車内や路上、人の集まるイベントなどで、親に怒られて泣いている子を見かけたら、あなたはどうしますか? 声を掛けてあげたい、断られたらどうしよう……。いろんな思いが駆け巡った末に、行動を起こせない人も多いのではないでしょうか。子どもにほほ笑みかけるくらいしかできなかった、という経験談も多く聞きます。

「周りには大勢の人がいるのに、誰も助けてくれない」。そんな母親の孤独感を和らげることこそ、虐待を防ぐ第一歩です。子育てアドバイザーで、多くの子育て支援団体の役員を務める高祖常子さんと、虐待予防に取り組む団体「ママリングス」代表の落合香代子さんに、どんな行動を起こせるのかを聞いてみました。

■顔を向けただけで「にらまれた」と思い込んでしまうことも

・まず「私は怒ってないよ」とスマイルでママにアピール
・誰でもできる「ガッシャン!」で親を冷静に
・簡単だけど効く「パクパク」と「グーパーグーパー」
・「シール・折り紙・風船」をバッグに常備
「ほほ笑むことも、助けになるんですよ」と話す高祖さん。「切羽詰まった母親は、周りの人が泣き声のする方へ無意識に顔を向けただけで『にらまれた』と思い込んでしまうことがあります。ほほ笑みを向ければ、少なくとも親子に否定的な感情を持っていないことを示せます」

怒鳴っている親を見かけた時、誰でもできる簡単なアクションがあるといいます。少し距離が離れていたり、電車内でかばんを抱えて座っていたりしても大丈夫。それは「大きな音を立てる」ことです。「持っているかばんや本をわざとバサッと落とす、『ガッシャン!』とコップの水をちょっとこぼして『わあ!いけない!』と慌てる、大きい声で話すのもいいかもしれません。意識をこちらに向けて、逆上している親が、ふと我に返るきっかけを作るのです」

もちろん、親が気付かない可能性もあります。しかし直接親子に働きかける必要がない分、気楽に試せる方法でしょう。

もう一歩踏み込む場合、親より子どものほうがアプローチしやすい、と高祖さんは言います。「子どもの目の前で、親指と他の四本指をパクパク開閉したり、グーパーグーパーしながら手のひらを左右に動かしたりするだけでも、結構注目してもらえます。『いないいないばあ』でもいいですね。泣いている子が『何?』と気分を切り替えてくれたら成功です」

また、落合さんはつい最近、「シール作戦」を実行したそうです。江東区内のショッピングセンターでのこと。人ごみの中、赤ちゃんを抱っこしたお母さんが、上の子どもを連れて歩こうとしたけれどその子がなかなか進まず、腕をつかんで振り回す形になりました。わっと泣き出した子どもに落合さんは駆け寄り、「大丈夫? 泣いちゃったね〜。これあげるよ〜」と、バッグからシールを取り出して渡しました。

「子どもはしゃくりあげながらも『ありがとう』と言ってくれました。ママからもお礼を言われたので『大変ねえ、今日暑いからねえ』と話し掛けると『そうなんです。疲れちゃって……』と答えてくれました。思いを吐きだしたことで、ママも少しは気分転換になったみたいでした」

落合さんによると、「泣いちゃったね」と子どもの状態をあえて口に出すことも、その行動を認め、受け入れているというシグナルになり、親子の安心につながるといいます。

高祖さん、落合さんともに、シールや折り紙、風船などをカバンに入れて、持ち歩いています。「あめなどのお菓子は、アレルギーの心配や、親が虫歯を気にする可能性があり、渡すのをためらわれます。シールや風船ならそういう心配はないですし、子どもの関心が移って泣きやむことがあります」(落合さん)

ただ、つかんだ物を何でも口に入れてしまう月齢の乳児に、この手は使えません。江東子育てネットワークはこのほど「こうとうおせっかいシール」を作りました。キャラクターのシールとともに、同ネットワークや虐待防止関連のウェブサイトのQRコードなどが記載されています。「情報提供だけでなく、子どもが泣きやむ道具としても使ってもらえればと思い、あえてシールという体裁にしました」と、落合さんは解説します。

■親の孤立が虐待を生むことも 声掛けで「気にかけている」と伝えて

●親にアプローチするなら
・親へは「共感型」の言葉を
・帰宅後、子ども虐待のリスクも……無理は禁物
・一度断られてもめげないで
親にアプローチするのは、有効であるものの、ハードルが高くもあります。親自身に直接、語り掛けることで「周りの人はあなたを見ている、支えている」というメッセージをはっきり伝えられる半面、掛ける言葉によっては、怒りの火に油を注いだり、より落ち込ませたりするリスクもあるためです。

高祖さんは話します。「親に対しては『ぐずられると大変ですよね』『蒸し暑いと、ご機嫌悪かったりしますよね』といった、共感型の言葉掛けをしてみましょう。『もう夕方だから、赤ちゃん眠いのかな?』など、季節や状況に応じて、泣く理由をそれとなく『問いかけ』の形で言ってみてもいい。親は情報を得ることで、『私が悪いのではなく、夕方だからぐずっているのかも』と、気持ちが和らぎます」

ただ、2人とも「無理はしないで」と口をそろえます。虐待サバイバーからは「周囲から声を掛けられると、帰宅後に母親がいつも以上に荒れた。声を掛けないでほしかった」といった意見も出されていると、落合さんは指摘します。「親が『私の立場を悪くした』『あんたのせいで私が怒られた』とさらに激高し、子どもを虐待するかもしれません。親への言葉掛けはリスクもあることを、心に留める必要があります」

特に、「もう(叱るのを)やめなさい」「周りに迷惑でしょう」「暑い日に子どもを連れ出しちゃだめよ」など、親をとがめるような言葉は禁物です。ただ、高祖さんは「声を掛けて断られても、『私が間違っていたのだろうか』と深刻に捉える必要はない」と強調します。

「例えば、駅の階段で母親がベビーカーを抱え、子どもがぐずって階段を上らない場面に遭遇し、『お手伝いしましょうか?』と声を掛けて断られたとします。親はその時、自分で対応できると思ったのかもしれないし、びっくりしてつい断ってしまったのかもしれない。この親子は今回は助けが不要だったのだなと割り切り、その後も困っていそうな親子には声を掛ければいいのです」

落合さんには、駅で子どもをひどく怒る親を見かけて「大丈夫ですか?」と尋ねたら、すっと離れて行かれた経験があるといいます。しかし落合さんは「親に暴言や暴力がある時は、その行為を止めるのを優先すべきだと思います。親への配慮も大事ですが、子どもの安心、安全が脅かされた時は、見過ごさないことが重要です」と話します。

「周囲にいる10人のうち9人は、心の底では親を助けてあげたいと思っていても、勇気や時間がなくて行動できないのでしょう。しかしその結果、親のほうは『子どもはわんわん泣いていて、私も困っている。周りにはこんなに多くの人がいるのに、誰も手を差し伸べてくれない。私は孤独だ』と考えてしまうこともあります」。高祖さんはこう指摘した上で、次のように話します。

「親の孤独感や孤立は、不安やいら立ちを増幅し、虐待へとエスカレートする可能性もあります。多くの人たちに声を掛けてもらったり、子どもをあやしてもらったりすることで、ホッとして心の余裕が生まれる。たとえその時は申し出を断っても、助けてくれる人は存在する、と思うだけで、孤独感は和らぐのではないでしょうか」

高祖常子
児童虐待防止全国ネットワーク理事。子育てアドバイザー。NPO法人ファザーリング・ジャパン理事、NPO法人タイガーマスク基金理事など多数の子育て支援団体の役員を務め、保育士や幼稚園教諭の資格も持つ。著書に『イラストでよくわかる感情的にならない子育て』(かんき出版)、3児の母。

落合香代子
ママリングス代表、江東子育てネットワーク共同代表。体罰のない子育てを推進する「ポジティブ・ディシプリン コミュニティ」理事。看護師。子育て訪問支援、産婦人科外来勤務、行政の子育て養育支援事業などに携わる。2016年から江東区と協働で、虐待予防、啓発を目的としたイベント「こうとう子育てメッセ」を企画・運営。2児の母。

(取材・文 有馬知子氏)

難民保護はちょっとした判断の誤りで多くの人命を失う。どうやって決断するのか。日本で最も著名な国際人の答えに少し驚いた。「最後の決断は一瞬のカンです」。

2001年冬、緒方貞子さんに本紙の正月特集で話を聞いた。小泉純一郎首相がアフガニスタン担当の首相特別代表に招いた間もないころだ。

当時74歳。激動の人生のハイライトを迎えたのは60歳を過ぎてからだ。



国連難民高等弁務官に63歳で就任すると、身長150センチメートルの小柄な体に重さ15キログラムの特製防弾チョッキを着て、サラエボの紛争地帯を飛び回った。政策決定論を専門とする学者らしからぬ見極めはひたすら現場を歩き、人の話を聞くことで培われた。

ときには国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)内部から反対論が噴出しても、難民の救済・保護につながるとみていったん決断すればテコでも動かない。言葉の端々から使命感が伝わってきた。

「計り知れぬエネルギー、人道上の被害者に対する妥協なき専心、そして現場主義の熱意」。UNHCRの当時の部下は、緒方さんの資質をこう振り返った。

緒方さんを支えた理念として現場主義とともに知られるのが「人間の安全保障」だ。従来の「国家安全保障」に対し、誰一人取り残さない社会を実現するため、一人ひとりに目を向け、保護と安全強化に焦点をあてるという考え方。日本外交の柱として緒方さんが実践し、2001年、世界的な有識者をメンバーとする人間の安全保障委員会が設立された。

リアリストでもあった。資金を集め、難民の命を守るためには「政治と交渉する」し、「戦争時には軍とも協力する」。「オガタ・サダコ」は海外で先に評価が高まった。英エコノミスト誌は「ラストリゾート(最後の頼み)の女性」とたたえた。

普段は物静かで無駄口はきかない。最後はさも当たり前のように決断する。ライフスタイルは常に"挑戦"だった。それでいて淡々と、自然体を貫いたのも緒方さんだ。

上智大で教べんをとっていたころ、女子学生からしばしば女性が社会進出する不利をどう克服するか、と聞かれた。答えは「女性と男性はサイクルが違うだけ」。確かに女性は社会のキャリアを重ねるうえではハンディがあるかもしれない。だが「男性と同じサイクルを歩まなくても出産し、子育てするのも幸せであり、喜びです」。

緒方竹虎元副総理の息子で日銀出身の夫、四十郎さんと結婚したのは33歳のとき。熱烈な恋愛結婚だった。2人の子供の育児や母親の介護もこなしがら学界、そして外交界へとデビューした。家庭生活にとられた時間を猛烈な勉強で取り戻した。

1932年の5月15日、曽祖父の犬養毅首相が軍の銃弾に倒れた首相官邸(当時)に初めて足を踏みいれたとき「ちょっと嫌な感じ」がしたという。時の芳沢謙吉外相は祖父。まだ4歳で、外交官の父に連れられ米国にいた緒方さんに事件の記憶はなかったが、祖母からよく当時の政治状況を聞かされて育った。

博士号の論文は「満州事変と政策の形成過程――日本は自己を破滅に導くような膨張政策をなぜとらなければならなかったのか」。外交の孤立で自縄自縛に陥り、軍部の台頭に政治が翻弄された時代。政治家と外交官の血をうけた緒方さんの原点でもあった。

「緒方外相」を1度見てみたかった気がする。2度の外相の打診を断った。2002年、小泉政権から日本外交の再建を期待された2度目の打診のさなかにニューヨークで夫が倒れた。本来はやる気があったのではないですか。5年前、本人にぶつけてみた。「自分はもともと学者であり、閣僚のような仕事には向かないと考えていました」。自然体は最後まで変わらなかった。

緒方貞子氏「ODA超えた貢献を」(これからの世界)国際協力機構特別フェロー 2015/8/13

――ご自身が17歳のとき、敗戦を迎えました。それから70年、日本外交をどう振り返りますか。

「日本外交はもう少し、国際的な広い視野に立って進めるべきだった。日米関係はもちろん基軸だが、米国は自分の世界戦略で動く。1970年代初めに突然、中国に接近したのも、対ソ戦略だった。日本は世界を見渡すというより、対米や対中など二国間の視点で考え、米国の動きを追いかけがちだ」

――その中国との関係でも日本は戦後、試行錯誤を繰り返してきました。領土や歴史問題の対立が深まり、関係は一向に安定しません。

「経済的には中国との協力なしにはやっていけない。そのことは政府より、むしろ経済界がよく分かっている。日本側の一部の層に安易なナショナリズムがある一方、中国側の一部にも傲慢な傾向がみられる。どうすればよいか、答えは簡単に見つからない。だが、日米関係を強めれば、日中関係も安定するというほど状況は単純ではない」

■和平仲介で外交力示せ

――日本は長年、経済援助を外交の柱にしてきましたが、世界一だった政府開発援助(ODA)の規模は大きく減りました。どこに外交力を求めるべきでしょう。

「かつて貧しかった国々が豊かになった分、宗教やイデオロギーの対立が吹き出し、国同士の衝突もふえている。中東やアフリカがそうだ。ODAの額を再び大きく増やすだけでは日本の国際貢献は足りない」

――安倍政権は自衛隊の海外での活動を広げようとしています。国会で安全保障関連法案が審議中ですが、国際貢献のあり方をどう考えますか。

「軍事力を使って、他国の紛争に介入することはやるべきではないし、やれることでもない。日本にそんな人的な資源があるとも思えない。ただ、海外の紛争地で人々を守ってあげるという、警察的な役割は大切だ。自衛隊が海外で治安維持の活動を展開することもひとつの方法だと思う」

――治安維持のため、自衛隊が海外での活動を増やすなら賛成だ、と。

「国際的に期待される治安維持の役割があるときには、自衛隊も出ていけばよい。その大前提は、必要な訓練がきちんとされていて、国際的な活動の一部として出て行くことだ。ただ、それを国際貢献の看板とするには無理がある。自衛隊を出すにしても物理的な限界がある。日本はもっと紛争国間の調停に入り、和平を仲介する役割をめざすべきだ。それには国際政治をよく理解し、交渉力がある人材を育てなければならない」

■世界に役立つ見取り図を

――世論調査では安全保障関連法案への反対が多いです。押し切ってでも、成立させるべきだと思いますか。

「法案によって何ができるようになるのか、どのように世界に役立てるのか。その見取り図を、政府がもっとしっかり、出せるようにならなければならない。そこをはっきりさせないと、世論の理解は得られない。以前私は、日本だけが『繁栄の孤島』となることはできないと言ったことがあるが、日本人だけが危ないところに行かず、自分たちだけの幸せを守っていけるような時代は、もう終わった」

――戦前、5.15事件で軍部に射殺された犬養毅首相(当時)は、ご自身の曽祖父ですね。

「5.15事件で曽祖父が殺されたときの家じゅうの衝撃は、まだよく覚えている。後年、私自身、外務省関係の仕事で最初に旧首相官邸に入ったとき、ここで犬養が殺されたのだと思うと、異様な感じがした。『軍部は悪い』という話を、私は聞かされて育った。そういう考え方は、いまも染みついている。だから、国際関係を勉強したのでしょう」

(聞き手は編集委員 秋田浩之氏)

年5000億円、今年度失業給付超えも 労使負担に疑問の声

政府は国家公務員の男性職員に原則1カ月以上の育児休業の取得を促す方針だ。民間企業にも波及させて、育休の取得率を高める狙いだが、休業中の賃金の補填が課題だ。現行制度は雇用保険を使って給付する仕組みで、給付額は年5千億円を超す。2019年度には失業者を対象にした給付を上回る見通し。給付が増え続ければ、企業と労働者が負担する雇用保険料を上げざるを得ない。政府が重要政策に掲げる少子化対策の費用を労使が担い続けることに異論も出始めた。



労働者は法律に基づき、育児休業を最長2年まで取得できる。最初の半年間は休業する前の賃金の67%分、その後は50%分を雇用保険から給付して休業中の賃金を補填する。父母ともに使える。

実は日本の育休制度は国際的に最も充実している。国連児童基金(ユニセフ)によると、給与と同等額をもらえる男性の育児休業の期間が先進41カ国で最も長い。

一方、民間企業の取得率は2018年度で6.16%にとどまる。政府は2020年までに13%の目標を掲げるが、開きは大きい。内閣府の調査では「周囲が忙しすぎて言い出せる雰囲気ではない」との回答が49.4%で最多だ。「その後のキャリアに悪影響が出るおそれがある」という回答も35.5%と多かった。

政府は男性国家公務員が育休取得をしても不利にならない制度にする方針だ。少子化対策白書によると、子どものいない既婚男性の約6割は育休を取得する意向がある。キャリアへの悪影響が出ないとなれば、男性の育休取得は増えそうだ。

ただ、雇用保険制度からみると、男性の育休増は財政悪化要因となる。

厚生労働省によると、18年度の育児休業給付は5312億円。前年度に比べ11%増えた。毎年10%前後伸びている。一方、失業給付の「基本手当」は5473億円で1%増にとどまった。2019年度には育児休業給付が上回る公算が大きい。出産で退職する女性は減り、育児休業の取得が増えているためだ。男性の取得が増えていけば、雇用保険の支出はさらに膨らむ。

労使で負担する雇用保険料率は現在、0.6%と過去最低の水準にある。景気の回復で失業給付が減り、2017年度から3年限りの特例措置として引き下げた。消費増税後に実質所得が目減りしないよう2020年度も0.6%を維持するが、育児休業給付の増加から2022年度には引き上げる見通しだ。

労使の代表らで構成する労働政策審議会(厚労相の諮問機関)が29日開いた雇用保険部会では、育児休業給付の負担のあり方を見直す声が委員から上がった。

労働側の委員は「将来的に雇用保険で(育休給付を)負担し続けていくのが適正なのか。一般財源を確保し十分な財源を投じていくことが必要ではないか」と指摘。民間の労使による負担ではなく、政府の負担で賄うべきではないかと問題提起した。他の委員からも「所得保障的な意味合いが強くなり、育児休業給付の意味合いが変わってきている。本当に雇用保険で続けるべきなのか検討すべきだ」と賛同する声が上がった。


東日本各地で続く水害で、水道設備の防災対策の遅れが浮き彫りになっている。台風19号では最大で14都県の約16万3千戸が断水。25日からの大雨でも千葉県で浄水場の設備が被害を受け約4700戸が断水した。厚生労働省の調査では、浸水想定区域にある全国の水道施設の8割で防水扉などが未整備で、水道インフラの災害リスクは各地に潜んでいる。

「もうすねの辺りまで水が来ている」。10月13日午前1時すぎ、福島県いわき市の「平浄水場」の職員は市水道局に電話をかけ、浄水場の緊迫した状況を報告した。
電話から約15分後、浄水場の南側約900メートルの夏井川が決壊した。流れ込んでくる水は勢いを増し、結局水位は80センチの高さにまで達した。電源盤が水没して故障し送水ポンプが動かなくなり、一時、市の給水戸数の3割超に当たる約4万5千戸が断水した。

浄水場はハザードマップの「浸水想定区域」にあったが、防水扉や入り口のかさ上げなどの対策は取られていなかった。市水道局の担当者は「東日本大震災で水道管の破損が相次ぎ、老朽化した管の更新を急いだ。同時に浸水対策を進める費用は捻出できなかった」と説明する。

台風19号では各地で浄水場の被災が相次ぎ、茨城県大子町で最大約7900戸、宮城県丸森町では最大約3400戸が断水した。台風21号や低気圧による25日からの大雨でも、千葉県鴨川市で浄水場の送水ポンプが浸水、最大約4700戸が断水した。

2018年7月に広島県などを襲った西日本豪雨では最大約26万3千戸で断水した。

西日本豪雨を受けて厚労省が昨年末にまとめた全国の主要な浄水場などの緊急点検結果によると、3152施設が浸水想定区域にあった。うち81%の2552施設は防水扉の設置など浸水対策が取られていなかった。

防災対策の遅れの背景には水道事業体の財政難もある。厚労省によると、人口減などで全国の事業体の3分の1が供給コストが料金を上回る「原価割れ」の状態だ。国は2018年12月から重要度の高い水道施設に対し、災害対策費の3分の1〜4分の1を補助する緊急対策を始めている。

もっとも、年々激しさを増している最近の豪雨では、これまでの国の対策では想定していなかった取水口や水路の閉塞といった新たな問題も浮上している。

台風19号で被害を受けた神奈川県南足柄市の矢倉沢浄水場では、水源の狩川上流で土砂崩れが起き、流れ込んだ土砂や流木で水路がふさがれた。浄水場内のポンプも土砂で故障し最大約6900戸の断水につながった。

通常時はごみをかき上げる機械で水路の閉塞を防いでいるが「今回は濁流の勢いが予想以上で機械の許容量を超えてしまい、土砂で水路がふさがれた。職員の派遣も間に合わなかった」(同市上下水道課)という。

水道施設の防災に詳しい金沢大の宮島昌克教授は「これまで水道施設の水害対策は、地震対策に比べて手薄だった」と指摘。施設強化などのハード対策は時間やコストがかかるとして「水害の発生を前提に、水の備蓄や応急給水体制の充実などの対策を進めることも重要だ」と話している。



学生がキャンパスを飛び出し、地域の未来を考えたり、文化の魅力を伝えたりする活動が広がっている。課題解決型学習と呼ばれる授業の手法で、問題意識やチームワークが学びの成果につながる。学生らしいアイデアと行動力は、社会との新たな結びつきを築いている。

9月10日、東日本大震災の被災地復興への課題を考える「陸前高田プロジェクト」の報告会が立教大学池袋キャンパス(東京・豊島)で開かれた。参加したのは立教大、米スタンフォード大、香港大、シンガポール国立大の学生21人である。

学生は大学の枠を超えて5チームに分かれ、9日間の活動をともにした。岩手県陸前高田市について学んだ後、現地に5日間滞在し、人々に聞き取りをしたり、街の魅力を探したりした。会話は英語を用いており、通訳は立教大生が担う。

「Team Gohan Rice」の4人は、普門寺に納められた「ねがい桜」を紹介した。地元の女性たちが慰霊のため、全国から寄せられた着物などを材料に桜の花をかたどった。花の数は1万8千を超える震災の死者・行方不明者に相当し、「二度と散らないように」との人々の願いが託されているという。

「SOBA TEAM!」の4人は、ゴーヤーなどを育てる農家を訪ねた。津波で農地が流されたこと、復興へ後継者不足に悩んでいることなどを報告した。地元の農作物を素材に商品をつくり、全国に情報を発信してはどうかと提案した。

全チームが報告書をまとめた。被災地の現状や街の魅力を世界に知ってもらおうと、現地で撮影した多くの風景を写真投稿サイトから発信した。

立教大は2003年から同市で学生の林業体験を続けている。その縁で始まった同プロジェクトは7年目を迎え、海外にも理解者を広げてきた。学生は「言葉の壁を越えて話し合う難しさと大切さがわかった」などの成果を得たようだ。

「被災地には、いまを伝えてほしい、忘れないでほしいという思いがある。その気持ちに寄り添うことが大切です」。プロジェクトを担当する立教大グローバル教育センターの高井明子特任准教授は意義を語る。

交渉や予算管理

映画上映会を企画・運営したのは立命館大学映像学部の学生6人だ。履修科目の一環である。

9月21日、「京都みなみ会館」(京都市)でサイレント映画「メトロポリス」(フリッツ・ラング監督)の有料上映会が開かれた。世代の異なる映画ファン100人が訪れ、会場は8割強の座席が埋まった。

同作品は1920年代に公開された。貴族階級と下層階級に分断された格差社会、科学技術が発展したおよそ百年後の未来が映し出されている。サイレント映画の専門会社から16ミリフィルムを借り、本格的な上映会の実現にこだわった。

この作品を選んだのは、映像文化にふさわしい貴重なSF作品という理由だけではない。活動弁士が映像に合わせて語り、演奏家が生で伴奏をするサイレント映画ならではの臨場感を楽しんでほしかったからだ。

上映会後、シニア世代の女性が「とても懐かしいひとときでした」と声をかけてきた。ある若者は「初めて体験したけれど、面白く、興味を持った」という感想を投稿サイトにつづっていた。

学生は鑑賞者のメッセージに勇気づけられた。活動弁士や演奏家、会場などとも交渉し、予算管理にも気を配らねばならなかったからだ。

渉外担当の2回生、後藤優風さんは「情報を共有し、計画を実現する難しさと大切さを体験した」と振り返る。また、ともに3回生で広報担当の鈴木奈々さんと松崎優里香さんは「世代を超えて作品を楽しんでくれた反応が伝わってきた」と手応えを感じている。

実習担当の川村健一郎教授は上映会の意義を強調した。「社会とのつながりの中で何事かを実現できる確信を学生に持ってもらうことが重要ではないか」。同学部では卒業後、映像ビジネスに携わる学生も多く、実習は貴重な社会経験になる。

SDGsを実践

想定外の台風災害に遭遇し、活動の輪を広げる学生たちがいる。

「お釣りは被災地へ寄付を」。9月24日、昭和女子大学の高木俊雄准教授のゼミ生らは、千葉県香取市で収穫された大根やさつまいも、梨などの販売会を東京都内で開いた。思いがけず購入者から支援を託された。

9月初めの台風15号によって、香取市でも農家のビニールハウスが壊れるなど大きな被害が出た。学生はボランティアで復旧作業に加わり「規格外を含む農作物の販売を提案しました。今後も協力したい」(3年生の高崎杏実さん)という。

学生たちはグローバルビジネス学部に所属する。高木准教授の下で国連が提唱する「SDGs(持続可能な開発目標)」をテーマに、2019年度から国内4都市で研究・活動を計画している。まちづくりや産業振興策などを地域の若者と一緒に考えるのが目的だ。

香取市は対象の一つ。今夏、県立佐原高校の生徒8人と地域の関係者へ聞き取りをして問題意識をまとめた。「農業従事者が減るなか、どのような農業の未来を築いていけばよいか」「香取神宮、日本地図を完成させた伊能忠敬の記念館など名所をどう活用するか」

香取市ではSDGsが掲げる17の目標のうち、「産業と技術革新の基盤をつくろう」「住み続けられるまちづくりを」など6つの目標があてはまった。そして地域を大切にする人々が多いことに刺激を受け、より身近な街になってきた。

ほかのゼミ生たちもグループに分かれ、通信環境が充実している徳島県美波町、金属加工の産業集積がある新潟県燕市で活動している。豊かな農業や漁業がある北海道釧路市でも計画している。

地域で一緒に活動する中高生とシンポジウムを開く予定だ。高木准教授は「若者にこそ、ふるさとの未来を考え、行動し、新しい時代をつくってほしい」と強調する。


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