外国人との交流・ボランティア活用 熟練者の育成が課題



来年の東京五輪・パラリンピックを見据え、海外の聴覚障害者とコミュニケーションする方法として国際手話が注目されている。訪日外国人との交流やボランティアでの活用などが期待され講座で学ぶ人が増加。ただ正確な通訳ができるほど熟練した人はまだ少なく人材育成が課題だ。

東京都千代田区にあるビルの一室で5日、日本国際手話通訳・ガイド協会が運営する中級講座が開かれた。静かな教室で、講師と生徒数人が国際手話でさまざまな単語をやりとり。話が通じると一気に笑顔が広がった。

国際手話は、聴覚障害者が国際会議などで使用する言語。耳の聞こえない外国人が全員習得しているわけではないが、聴覚障害者による国際総合スポーツ大会デフリンピックなどで広く活用されている。

中級講座の生徒で埼玉県入間市のパート、青塚昌子さん(53)は「国際手話を身につけて東京五輪・パラリンピックの都市ボランティアに臨みたい」と声を弾ませる。講師を務めるガイド協会の砂田武志代表理事(58)によると、生徒は約3年前から3倍に増え、現在は約100人に上る。

東京都は、国際手話や米国で使われるアメリカ手話を学ぶ人に対し、受講料の半額を補助する制度を設けた。2014年度の利用者は110人だったが、2018年度は341人にまで伸びた。

学びの場は各地に広がる。ガイド協会は広島市ろうあ協会と連携し来年から広島県内で講座を開く計画を進める。被爆地を訪れる外国人を国際手話で案内することを目指す。

日本財団ボランティアサポートセンターは来年の東京大会の運営に携わる大会ボランティア予定者向けに開く手話講座に国際手話を盛り込んだ。9月に受講した千葉県浦安市の会社員、八木政道さん(33)は、チケット購入やレストラン案内を想定した手話を学び「世界中の人をおもてなしできたら」と目標を描く。

だが通訳者の人数は十分ではない。外国人向けにツアーと通訳ガイドを紹介する企業「otomo」(東京・文京)は、インターネット上で客がガイドを選ぶ際、英語などに加え国際手話を選択できるようにする予定だが、当面は用意できるガイドが5人前後にとどまる見通しだ。

2025年に日本でのデフリンピック開催を目指す全日本ろうあ連盟は今月末に学習本「Lets’ Try国際手話」を発行する。ページのQRコードをスマートフォンで読み取れば動画が見られる。吉野幸代理事(47)は「本を使って国際手話ができる人が増えてほしい」と語った。

虐待を見逃さず子どもたちの命を守りたい――。遺体を解剖する法医学者が生きている人の傷の原因を調べる「臨床法医学」が虐待の可能性を判断するのに役立っている。親が虐待を否定しても子どもの体の傷とは矛盾が生じる。千葉大医学部付属病院(千葉市)では児童相談所と連携し、法医学者らが子どもの傷を専門的に鑑定し医学的所見を示す取り組みを進めている。

千葉大医学部付属病院の小児科は2018年、国内の大学病院として初めて「臨床法医外来」を開設した。同外来は児相の依頼を受けた場合、体に傷やあざなどがある子どもを診察して児相に意見書を提出する。

同外来には小児科医のほか、法医学者、コンピューター断層撮影装置(CT)画像を分析する法医画像診断医、虫歯の状況から育児放棄(ネグレクト)を調べる法歯科医らが加わっている。

児相が一時保護した子どもは被害の目撃情報がなかったり、本人が被害状況を正確に伝えられなかったりして、けがが親の虐待によるものなのか判別が難しいケースが多い。同外来では組織横断的なチームが多角的に診察し、虐待の可能性を判断している。

「親が『水ぼうそう』と説明した水ぶくれは『やけど』だった」「子どもの皮膚に残る2本の線状のあざは棒でぶたれた可能性を示す『二重条痕』だった」。法医学者は遺体から学んだ鑑定技術を、臨床法医外来に来た子どもの傷の原因を調べるのに生かす。

同外来に協力する千葉大付属法医学教育研究センターの猪口剛准教授は「一般的な臨床の診察では意識しない所見でも、法医学的な見地から評価すれば、虐待を疑わせる痕跡が見つかる場合がある」と指摘する。

同外来が所見をまとめて児相に提出した意見書は18年に23件、19年は半年だけで30件超に上る。担当者らが意見を出し合い、虐待の疑いがあると判断すれば「身体的虐待を念頭においた対応が望ましい」と記す。

児相がけがをした子どもを一時保護しても、虐待を認める親は少なく、けがの状態と親の説明が食い違う。児相で35年の勤務経験があるNPO法人「児童虐待防止協会」の津崎哲郎理事長は「虐待によるけがの疑いがあっても、親から『転んだ』『何もしていない』と説明されれば覆すのは難しい」と指摘。親の否認に対して法医学者らによる医学的証拠を示すことが重要だと強調する。

課題は虐待を受けた子どもが臨床法医外来を訪れるまでにかかる時間だ。多くは別の病院などで既に治療を受けている。時間がたつと、傷やあざが回復し客観的な証拠が消えてしまう。猪口准教授は「緊急性が高い事案でも受診先や児相で傷の写真をなるべく早く撮影し、記録を残すよう助言している」と話す。

もう一つの課題は法医学者の不足だ。日本法医学会の認定医は約140人と少なく、外来を担当できるのは一握り。法医学者が少ない地方では遺体の司法解剖だけで手いっぱいという。

千葉大付属法医学教育研究センターの岩瀬博太郎教授によると、児童虐待を巡る診察に法医学者が参加するのは欧州各国では一般的だ。岩瀬教授は「法医の目や知識は犯罪の被害者を減らすことにも生かせる。実績を重ね、他の地域にも広げられるようにモデルを示したい」と話している。

死亡児童、15年間で1108人
警察庁の統計によると、2018年までの15年間に虐待で死亡した児童は1108人に上る。虐待を疑われるけがが見過ごされたケースもあり、大阪市では2011年、乳児の1カ月健診で腕や脚が骨折していたのに医師が児童相談所に通告せず、乳児が死亡する事件が起きた。

児童虐待の疑いがあるとして、児相が対応した件数は2018年度に15万9850件(前年度比19.5%)となり、28年連続で増えた。児相が一時保護する事案も増え、2017年度は1万3152件(同596件増)あった。

児相への通告件数が増えていることについて、警察庁の担当者は「虐待への社会的関心の高まりで、通報する人が増えている」と分析。その結果、早い段階で虐待を食い止められたケースがあるとみている。

重度の知的障害がある息子に生活の場をつくりたいと、NPO法人のクリエイティブサポートレッツ(浜松市)を立ち上げた久保田翠・理事長(57)。半生をたどる連載の最終回は、地域や人との交流について。そこから自立の糸口も見えてくるという。

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 重度の知的障害のある人をありのままに受け入れる――。「たけし文化センター」の理念をとりいれた福祉施設を2010年に浜松市郊外に開設。2018年には同市の中心部にも新施設を立ち上げた。
街中に出たのは、このままじゃいけないという危機感からです。世の中には共生社会といった言葉があふれていますが、彼らに接したことがある人は本当に少ない。知らないから目を背ける。言葉では伝わらないので、我々から出て行って知ってもらおうと考えました。

街中では多くの発見があります。家電が大好きな人が、電気屋さんに何時間も居座り、オーディオアンプを前に「これがほしい」とねだり続けました。付き添っていたスタッフが店員に聞くと8万円もします。手持ちは70円しかありません。

店員から「高額なので売り切れはないと思います。後日ご来店されても大丈夫ですよ」と丁寧に対応されると、その人は「そうですか」と言って、さっさと帰りました。街中では店員と客という関係が確立しており、障害者が訪れてもこうしたコミュニケーションが成り立つことに驚きました。

2017年度には、芸術分野で優れた業績をあげた人を対象とする「文化庁芸術選奨」の新人賞に選ばれた。
知的障害者の存在を知ってもらい、イベントなどを通して社会を揺さぶる。そんな活動が「芸術」として認められたのはありがたいことです。

ただ重度障害のある息子を持つ私たち家族にとって、ここにいたる経緯は生き延びるための一つの対処法だったようにも思います。

ずっとそばで支えてくれた夫は今年3月に病気で他界しました。仕事を続けながら、息子の壮(たけし)を献身的に介助し、最期まで彼のことを思っていました。今の社会では家族にかかる負担が大きすぎます。私の目標は壮が自立することであり、そして壮の自立は私の自立でもあると考えています。

 浜松市中心部の新施設には宿泊・住居機能もある。壮さんは10月から、そこで暮らし始めた。
知的障害者は親が亡くなった後のことを考えなければならないといわれます。果たしてそうでしょうか。

先日、壮が髪を金色に染めました。文化センターに泊まりに来た人やスタッフが「カッコイイんじゃないの?」というノリでやりました。最初は本人の意志なのかと戸惑いました。

けれども23歳になった壮がどう生きるべきか、何が幸せかは、親である私にも分かりませんし、いつまでも親が決めていいわけがありません。金髪にしたのは、友人たちが意見を出し合い合意形成した結果です。壮にとって新たな関係を開くきっかけになると思っています。

それは障害のない人でも同じでしょう。人は様々な人から影響を受けて自分を形成しています。そこに厚みがあればあるほど、豊かな人生になるのではないでしょうか。

(安芸悟)



学生がキャンパスを飛び出し、地域の未来を考えたり、文化の魅力を伝えたりする活動が広がっている。課題解決型学習と呼ばれる授業の手法で、問題意識やチームワークが学びの成果につながる。学生らしいアイデアと行動力は、社会との新たな結びつきを築いている。

9月10日、東日本大震災の被災地復興への課題を考える「陸前高田プロジェクト」の報告会が立教大学池袋キャンパス(東京・豊島)で開かれた。参加したのは立教大、米スタンフォード大、香港大、シンガポール国立大の学生21人である。

学生は大学の枠を超えて5チームに分かれ、9日間の活動をともにした。岩手県陸前高田市について学んだ後、現地に5日間滞在し、人々に聞き取りをしたり、街の魅力を探したりした。会話は英語を用いており、通訳は立教大生が担う。

「Team Gohan Rice」の4人は、普門寺に納められた「ねがい桜」を紹介した。地元の女性たちが慰霊のため、全国から寄せられた着物などを材料に桜の花をかたどった。花の数は1万8千を超える震災の死者・行方不明者に相当し、「二度と散らないように」との人々の願いが託されているという。

「SOBA TEAM!」の4人は、ゴーヤーなどを育てる農家を訪ねた。津波で農地が流されたこと、復興へ後継者不足に悩んでいることなどを報告した。地元の農作物を素材に商品をつくり、全国に情報を発信してはどうかと提案した。

全チームが報告書をまとめた。被災地の現状や街の魅力を世界に知ってもらおうと、現地で撮影した多くの風景を写真投稿サイトから発信した。

立教大は2003年から同市で学生の林業体験を続けている。その縁で始まった同プロジェクトは7年目を迎え、海外にも理解者を広げてきた。学生は「言葉の壁を越えて話し合う難しさと大切さがわかった」などの成果を得たようだ。

「被災地には、いまを伝えてほしい、忘れないでほしいという思いがある。その気持ちに寄り添うことが大切です」。プロジェクトを担当する立教大グローバル教育センターの高井明子特任准教授は意義を語る。

交渉や予算管理

映画上映会を企画・運営したのは立命館大学映像学部の学生6人だ。履修科目の一環である。

9月21日、「京都みなみ会館」(京都市)でサイレント映画「メトロポリス」(フリッツ・ラング監督)の有料上映会が開かれた。世代の異なる映画ファン100人が訪れ、会場は8割強の座席が埋まった。

同作品は1920年代に公開された。貴族階級と下層階級に分断された格差社会、科学技術が発展したおよそ百年後の未来が映し出されている。サイレント映画の専門会社から16ミリフィルムを借り、本格的な上映会の実現にこだわった。

この作品を選んだのは、映像文化にふさわしい貴重なSF作品という理由だけではない。活動弁士が映像に合わせて語り、演奏家が生で伴奏をするサイレント映画ならではの臨場感を楽しんでほしかったからだ。

上映会後、シニア世代の女性が「とても懐かしいひとときでした」と声をかけてきた。ある若者は「初めて体験したけれど、面白く、興味を持った」という感想を投稿サイトにつづっていた。

学生は鑑賞者のメッセージに勇気づけられた。活動弁士や演奏家、会場などとも交渉し、予算管理にも気を配らねばならなかったからだ。

渉外担当の2回生、後藤優風さんは「情報を共有し、計画を実現する難しさと大切さを体験した」と振り返る。また、ともに3回生で広報担当の鈴木奈々さんと松崎優里香さんは「世代を超えて作品を楽しんでくれた反応が伝わってきた」と手応えを感じている。

実習担当の川村健一郎教授は上映会の意義を強調した。「社会とのつながりの中で何事かを実現できる確信を学生に持ってもらうことが重要ではないか」。同学部では卒業後、映像ビジネスに携わる学生も多く、実習は貴重な社会経験になる。

SDGsを実践

想定外の台風災害に遭遇し、活動の輪を広げる学生たちがいる。

「お釣りは被災地へ寄付を」。9月24日、昭和女子大学の高木俊雄准教授のゼミ生らは、千葉県香取市で収穫された大根やさつまいも、梨などの販売会を東京都内で開いた。思いがけず購入者から支援を託された。

9月初めの台風15号によって、香取市でも農家のビニールハウスが壊れるなど大きな被害が出た。学生はボランティアで復旧作業に加わり「規格外を含む農作物の販売を提案しました。今後も協力したい」(3年生の高崎杏実さん)という。

学生たちはグローバルビジネス学部に所属する。高木准教授の下で国連が提唱する「SDGs(持続可能な開発目標)」をテーマに、2019年度から国内4都市で研究・活動を計画している。まちづくりや産業振興策などを地域の若者と一緒に考えるのが目的だ。

香取市は対象の一つ。今夏、県立佐原高校の生徒8人と地域の関係者へ聞き取りをして問題意識をまとめた。「農業従事者が減るなか、どのような農業の未来を築いていけばよいか」「香取神宮、日本地図を完成させた伊能忠敬の記念館など名所をどう活用するか」

香取市ではSDGsが掲げる17の目標のうち、「産業と技術革新の基盤をつくろう」「住み続けられるまちづくりを」など6つの目標があてはまった。そして地域を大切にする人々が多いことに刺激を受け、より身近な街になってきた。

ほかのゼミ生たちもグループに分かれ、通信環境が充実している徳島県美波町、金属加工の産業集積がある新潟県燕市で活動している。豊かな農業や漁業がある北海道釧路市でも計画している。

地域で一緒に活動する中高生とシンポジウムを開く予定だ。高木准教授は「若者にこそ、ふるさとの未来を考え、行動し、新しい時代をつくってほしい」と強調する。

自然に包まれ 強い個性触れる

鹿児島中央駅からバスで40分ほどの住宅街のなかに、アート界で注目されている施設がある。しょうぶ学園という知的障害者の支援施設だ。障害の有無にかかわらず誰にでも開かれた学園として運営されており、園内の工房で作られる工芸作品やレストランを目当てに、年間約1万人もの観光客らが訪れている。



「こんにちは」。最寄りのバス停から歩くこと数分。園内の雑木林のような小道で施設利用者とすれ違う。山道でハイカーと会った時のようなあいさつを交わすうちに、初めて訪れたとは思えない不思議な懐かしさを覚える。

しょうぶ学園は社会福祉法人の太陽会(鹿児島市)が1973年に設立した支援施設。現在は約40人の利用者が職員と暮らしている。防犯カメラが入り口に設置されているほかは、門もなく誰でも利用が可能だ。観光客に加え、休日には近所の子どもたちが駆け回る。

同園の小野好美さんは「社会に受け入れてもらうのではなく、学園の中に社会が入ってきてくれるような仕掛けを作ってきた」と話す。

人気が高いのが、緑に囲まれた広場に設けられたツリーハウスだ。美しい庭や遠くの山並みが一望でき、都会にはないゆったりとした時間が味わえる。

園内には生パスタが絶品だと評判のレストランもある。レストランで注文した食事も木の上で楽しめるとあって、毎年夏には人気の観光地だ。石臼でひいたそば粉を使う手打ちそばや同じく石臼でひいた粉を使う香ばしいパンも味わえる。広場には利用者が世話をするロバと羊が草を飼育されており、子ども連れにも親しみやすい。

ショップで販売されている施設利用者によるアート作品も一見の価値がある。園内には木工や陶芸、絵画など4つの工房があり、施設の利用者が日々制作にいそしむ。鮮やかな色彩で塗られたポストカードや、色も形もどこか神秘的な皿や植木鉢などの陶器からは強い個性とエネルギーがあふれる。作り手の美への並々ならぬ情熱に心を動かされる人も多いようだ。

工房では以前、規格の決まった工芸品の制作を目指していたという。あるとき、作り手に自由に制作を任せてみたところ、多彩な作品を生み出せるようになったという。作品目当ての客も多く、全国のセレクトショップから注文が途絶えない。

障害の有無に関係なく人がアートや自然を通してふれ合う、ゆったりとした休日はどうだろうか。

(西部支社 荒木望氏)

▽アクセス JR鹿児島中央駅

「昆布とかつお節を一緒に口に含んでごらん」


料理研究家の柳原尚之(40)が話しかけると、教室がしんと静まりかえった。少しすると、子どもたちがざわめき始めた。

「あ、おいしい」「いい香りだ!」

■小学校で和食を伝える
江戸時代に興り、和食を伝える「近茶流」の継承者である柳原は今、小学校の教壇に立つ。10月半ばのこの日は、東京都千代田区にある私立雙葉小学校を訪れた。担当したのは「味覚の授業」。今年で9回目となる食育活動で、全国の学校を料理人や料理研究家が訪れ、子どもたちに食文化を伝える取り組みだ。

授業が終わると、教壇には柳原を囲む子どもたちの輪が自然にできた。

「かつお節って木みたいに堅いよ」

「削り器ってこうなってるんだ」

一昔前の人なら当たり前のことにも子どもたちは驚く。多くの子どもにとっては、初めて見るものだからだ。

■人気ランキングでは急落
和食が好きと答える人は半分以下で、1998年には好きな料理で7位にいた「野菜の煮物」は24位。博報堂生活総合研究所による2018年の調査は、日本人の和食離れを映している。主席研究員の夏山明美は背景に、共働き世帯の増加があると見る。

夫婦がともに会社に通い、帰りが遅くなる家庭は多い。平日には夕食を準備する時間がなかなかとれず、スーパーやコンビニエンスストアの総菜を使ったり、宅配でピザや中華料理を頼んだりして食卓を囲む「中食」が活況だ。

季節ごとに旬の素材を使い、主食と主菜、副菜などをそろえる和食が栄養のバランスで優れている面はある。しかし日本人の働き方がかわり、食習慣そのものが和食から離れる傾向にある。

「先生が好きな食べ物ってなんですか」。小学生たちにそう聞かれた柳原は「季節の旬のものを食べるのが一番かな」と答えた。これが最も難しいという現実が、子どもたちを和食から遠ざけているのだ。

それでもまだ、日本の家庭には炊飯器があり、多くの人は家でご飯を炊く。「小さい時に食べたものは大人になっても食べたくなる。子どもの時にちゃんと和食の味を知ってほしい」と柳原は言う。

■和食が見当たらない
和食の人気を取り戻すため、子どもをつかむ。だが、子どもたちが頻繁に外食をするわけではない。子どもたちがいて、ご飯を食べているのはどこか。

学校だ。給食だ。

パン、ミネストローネ、ジャンバラヤ、チキンピラフ……。西居豊(36)は給食のメニューを手にして驚いた。和食がない。隣から聞こえた栄養教諭らのつぶやきは、今の子どもたちの舌の現実を端的に表していた。

「白いご飯は食べ残しが多いんですよ」

合同会社五穀豊穣で代表を務める西居は、築地で食材の仲卸を手掛けていた。11年、訪れた都内の小学校の給食に、伝統的な和食はほとんどなかった。

■ぜひ送ってほしい

「日本の食文化が廃れてしまう」。東京・恵比寿にある和食料理店「賛否両論」を営む笠原将弘(47)に相談したら、秋シャケなど季節の素材を生かした給食の献立を作ってくれた。

学校に送ると好評で、近くの学校からも「ぜひ送ってほしい」との声が寄せられた。子どもに給食をたくさん食べてほしい栄養教諭も、和食ではどうすればいいのか分からなかったのだ。ここから、子どもたちに和食を伝える草の根の取り組みが始まった。

■無形文化遺産で浮き彫りに

これに注目したのが農林水産省だ。2013年12月、和食にユネスコ無形文化遺産への登録が決まったことは、次の世代に和食の魅力を伝えていくことの難しさをかえって浮き彫りにしていた。

大人になってからでは遅い。まず子どもたちに和食の魅力を知ってもらう。2014年度から「和食給食」を国の政策として取り入れ、西居が事務局長となった「和食給食応援団」が主体となる活動を3年間支援した。

今は三井製糖やフジッコ、塩事業センターなどの食品メーカー、JA全中などが協力企業となり事業が続く。年に100回ほど、全国の学校に和食の料理人が出向き、子ども向けの授業を開いたり、給食を作る栄養教諭向けの講習会を実施したりする。

■食文化も学べる

学校に特に力を入れてもらっているのが、だしの取り方だ。1食250円の制約がある給食では、食材をぜいたくに使うことはできない。うま味を出すために、昆布やかつお節をぐつぐつと煮立て、しっかり絞りきってもらう。料理人が紡いできた和食のノウハウを伝える。

東京都目黒区の五本木小学校は2016年度から和食給食に取り組んでいる。サトイモとイカの煮物や小松菜のからしあえ、芋ようかんやゆでぐりなど、週に4〜5回は和食が並ぶ。食べ残しは4年生以降の高学年では特に目立たないという。栄養教諭の松本恭子は「食事から日本の食文化を学べる。社会科とも連携でき、食と知識が一体的に身についている効果」と感じる。

■もち麦を給食に

神戸市に本社がある煮豆・つくだ煮メーカーのマルヤナギ小倉屋も、若者に目を付けた。

「豆や雑穀なら食物繊維をたくさんとれますよ」

「だしを上手に使えば塩分や糖分、油脂を抑えられますよ」

管理栄養士の資格を持つ社員たちが地元の高校や専門学校に出向き、和食の良さを伝える。

「食育型カンパニー」を掲げる同社で副社長の柳本勇治は伝統食材の一つ、「もち麦」に力を入れる。2017年秋に兵庫県加東市で地元JAと組んで試験栽培を始め、2019年春には約70トンを収穫した。

全量を買い取るマルヤナギが蒸しもち麦に加工し、加東市内の小中学校の給食に納める。「おいしくて体にいい伝統食材を守りたい」。食品メーカーを経営する立場にある柳本の視線が子どもたちに向くのも、このままでは健康に良いはずの和食が廃れていくのを止められない、と感じているからだ。

■伝える人はいるか
和食は高級料亭や割烹(かっぽう)だけではなく、それぞれの家族で家庭料理として受け継がれてきた。だが、農水省の食育に関する意識調査によると、「地域や家庭で受け継がれてきた伝統的な料理を継承し伝えている」と考えている人は半分にとどまる。

「親も子どもも和食を知らないままでは、コメを作る人も器を作る人も廃れてしまう」。長く和食給食に携わってきた笠原は危機感を募らせる。将来の消費者となる子どもたちに選ばれる料理にならなければ、和食の未来は開けない。

(松尾洋平氏、小嶋誠治氏)


日本列島を直撃した台風15、19号による停電などで、携帯電話大手の携帯電話やスマートフォンも、広い地域で使えなくなった。もはや大型台風の上陸は「想定外」の事態とはいえなくなっている。医療や自動運転での利用も想定され、ネットワークのインフラとしての重みが一段と増す次世代通信規格「5G」時代を目前に控え、有効な手を打てるのか。

■停電から1日以上持つ基地局、1%強

台風19号は関東から東北地域に甚大な被害をもたらし80人を超える死者を出した。総務省によるとNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社合計で2000局超の基地局が停止。1と14県にまたがる市町村で携帯電話が使えなくなった。最大の要因は、基地局が役割を果たすために必要な電力会社の商用電源の停止だ。

国は携帯会社に対し、基地局に予備電源を確保するよう義務付けている。これに対応して携帯大手は自治体の庁舎などの重要拠点の基地局に自家発電装置を設置。原則として基地局すべてに蓄電池を置いている。

ただ蓄電池の容量に明確な決まりがないのが落とし穴。携帯大手3社はそれぞれ10万〜20万の基地局を抱えているが、数時間で切れる蓄電池が多い。24時間以上持つ蓄電池を備えた基地DIの場合、15万局超のうち2000局程度で、全体の1%強にとどまる。台風19号後の停電がおおむね復旧するまでに1週間程度かかったことを考えると、心もとない。

携帯会社も何も手を打っていないわけではないが、そこにも落とし穴がある。

NTTドコモは東日本大震災の教訓から、広い地域で壊滅的な被害を受けたときのための「大ゾーン基地局」を全国100カ所以上に配備している。通常の基地局のカバー範囲は広くて半径2キロメートル程度だが半径7キロメートルをカバーできる。2018年9月の北海道胆振東部地震に伴う停電の際に釧路市で初めて力を発揮した。

ただ今回の台風15、19号のように、つながる基地局がまだらに残っている場合、大ゾーン基地局の電波と干渉して、かえっくなるケースもあるという。あらゆる災害に有効というわけではない。

■足りない耐風力

基地局の耐風力も問題だ。国が設けた電力会社の送電線などの耐風基準は最大瞬間風速40メートル。携帯会社の基地局も、同程度の強風に耐えられる設計となっているが、台風15号では最大瞬間風速約60メートルの強風が吹き荒れ、基地局や電柱の倒壊が相次いだ。ある携帯大手幹部は「前提を見直さなければならない」と話す。

政府も10月初めに台風15号の被害に関する検証チームを立ち上げた。基地局の蓄電池の容量について「停電後に24時間稼働できる容量」といった明確な基準をつくる検討を進めるほか、電力会社と携帯各社との情報連携のあり方などを議論し、年内に取りまとめる方向だ。

ただ長時間持つ蓄電池を備え付けようとすると、お金もかかるし、場所も取る。携帯電話料金の引き下げを求められている中での自然災害の深刻化は、ある意味「泣きっ面に蜂」の状況ともいえる。

災害時の携帯会社の連携も進んでいない。東日本大震災後に、災害時に限って回線を相互乗り入れして携帯会社を問わず通信できるようにすべきだとの議論が起こった。だがNTTドコモが、生き残った携帯会社の回線に通信が集中し、処理しきれずにパンクする懸念を示し、実現しなかった。ソフトバンクの宮川潤一副社長は「有事の際には携帯会社同士が支えあい、一つのネットワークが遮断されても、つながるようにすべきだ」と改めて議論する必要性を指摘する。

来春には「5G」の商用化が始まる。かつての「想定外」が当たり前となりつつある災害大国日本。通信障害の落とし穴をふさぐ道のりは険しい。

(堀越功氏)

厚労省が研修事業 地域に中核拠点整備



生活に支障が出るほどオンラインゲームなどに没頭する「ゲーム障害」が世界各国で問題化するなか、厚生労働省はゲーム障害に対応できる医療人材の育成に乗り出す。来年度から国の研究機関が全国の医師らを対象に研修を始める。各地域で治療の中心となる「専門医療機関」を選んだり、その中から「治療拠点機関」を設けたりして国内の治療体制を整える。

世界保健機関(WHO)が2019年5月の総会で、ゲーム障害をギャンブル依存症などと同じ精神疾患と位置付けたことを受けた措置。WHOによると
(1)ゲームの時間や頻度を自ら制御できない
(2)ゲームを最優先する
(3)問題が起きているのに続ける
――などの状態が12カ月以上続き、社会生活に重大な支障が出る場合に診断される可能性がある。

厚労省の推計では、2017年度に病的なインターネット依存の疑いがある中高生は全国で93万人。5年前からほぼ倍増した。ただネット接続のないテレビゲームへの依存も含むゲーム障害の実態は十分に分かっていない。

厚労省は2017年からアルコール、薬物、ギャンブルの依存症について都道府県と政令指定都市で最低2カ所ずつ、中心となる治療機関の指定を進めている。ゲーム障害も同様の取り組みを進める。

国内でいち早くネット依存症の専門外来を立ち上げ、最先端の治療を行う国立病院機構久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)によると、ゲーム依存の治療を手掛けている医療機関は全国で40カ所程度という。

小規模な診療所が多く空白地域もある。人材育成のため同センターなど国の研究機関は2020年度から、精神科医や精神保健福祉士などを対象にした研修事業を始める。数日間の研修で診療や予防指導の手法などを学んでもらう。2020年度は200人規模の受講を想定する。

都道府県と政令指定都市は研修を受けた精神科医らが所属し、診療実績を積んだ医療機関を選定する。専門医療機関として患者同士の自助グループなどと連携した地域での治療体制を整える。専門医療機関の中から治療拠点機関を選定。治療実績をとりまとめ、予防のための情報発信や他の医療機関への研修を行う。


日本列島を直撃した台風15、19号による停電などで、携帯電話大手の携帯電話やスマートフォンも、広い地域で使えなくなった。もはや大型台風の上陸は「想定外」の事態とはいえなくなっている。医療や自動運転での利用も想定され、ネットワークのインフラとしての重みが一段と増す次世代通信規格「5G」時代を目前に控え、有効な手を打てるのか。

■停電から1日以上持つ基地局、1%強

台風19号は関東から東北地域に甚大な被害をもたらし80人を超える死者を出した。総務省によるとNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社合計で2000局超の基地局が停止。1と14県にまたがる市町村で携帯電話が使えなくなった。最大の要因は、基地局が役割を果たすために必要な電力会社の商用電源の停止だ。

国は携帯会社に対し、基地局に予備電源を確保するよう義務付けている。これに対応して携帯大手は自治体の庁舎などの重要拠点の基地局に自家発電装置を設置。原則として基地局すべてに蓄電池を置いている。

ただ蓄電池の容量に明確な決まりがないのが落とし穴。携帯大手3社はそれぞれ10万〜20万の基地局を抱えているが、数時間で切れる蓄電池が多い。24時間以上持つ蓄電池を備えた基地DIの場合、15万局超のうち2000局程度で、全体の1%強にとどまる。台風19号後の停電がおおむね復旧するまでに1週間程度かかったことを考えると、心もとない。

携帯会社も何も手を打っていないわけではないが、そこにも落とし穴がある。

NTTドコモは東日本大震災の教訓から、広い地域で壊滅的な被害を受けたときのための「大ゾーン基地局」を全国100カ所以上に配備している。通常の基地局のカバー範囲は広くて半径2キロメートル程度だが半径7キロメートルをカバーできる。2018年9月の北海道胆振東部地震に伴う停電の際に釧路市で初めて力を発揮した。

ただ今回の台風15、19号のように、つながる基地局がまだらに残っている場合、大ゾーン基地局の電波と干渉して、かえっくなるケースもあるという。あらゆる災害に有効というわけではない。

■足りない耐風力

基地局の耐風力も問題だ。国が設けた電力会社の送電線などの耐風基準は最大瞬間風速40メートル。携帯会社の基地局も、同程度の強風に耐えられる設計となっているが、台風15号では最大瞬間風速約60メートルの強風が吹き荒れ、基地局や電柱の倒壊が相次いだ。ある携帯大手幹部は「前提を見直さなければならない」と話す。

政府も10月初めに台風15号の被害に関する検証チームを立ち上げた。基地局の蓄電池の容量について「停電後に24時間稼働できる容量」といった明確な基準をつくる検討を進めるほか、電力会社と携帯各社との情報連携のあり方などを議論し、年内に取りまとめる方向だ。

ただ長時間持つ蓄電池を備え付けようとすると、お金もかかるし、場所も取る。携帯電話料金の引き下げを求められている中での自然災害の深刻化は、ある意味「泣きっ面に蜂」の状況ともいえる。

災害時の携帯会社の連携も進んでいない。東日本大震災後に、災害時に限って回線を相互乗り入れして携帯会社を問わず通信できるようにすべきだとの議論が起こった。だがNTTドコモが、生き残った携帯会社の回線に通信が集中し、処理しきれずにパンクする懸念を示し、実現しなかった。ソフトバンクの宮川潤一副社長は「有事の際には携帯会社同士が支えあい、一つのネットワークが遮断されても、つながるようにすべきだ」と改めて議論する必要性を指摘する。

来春には「5G」の商用化が始まる。かつての「想定外」が当たり前となりつつある災害大国日本。通信障害の落とし穴をふさぐ道のりは険しい。

(堀越功氏)

「昆布とかつお節を一緒に口に含んでごらん」


料理研究家の柳原尚之(40)が話しかけると、教室がしんと静まりかえった。少しすると、子どもたちがざわめき始めた。

「あ、おいしい」「いい香りだ!」

■小学校で和食を伝える
江戸時代に興り、和食を伝える「近茶流」の継承者である柳原は今、小学校の教壇に立つ。10月半ばのこの日は、東京都千代田区にある私立雙葉小学校を訪れた。担当したのは「味覚の授業」。今年で9回目となる食育活動で、全国の学校を料理人や料理研究家が訪れ、子どもたちに食文化を伝える取り組みだ。

授業が終わると、教壇には柳原を囲む子どもたちの輪が自然にできた。

「かつお節って木みたいに堅いよ」

「削り器ってこうなってるんだ」

一昔前の人なら当たり前のことにも子どもたちは驚く。多くの子どもにとっては、初めて見るものだからだ。

■人気ランキングでは急落
和食が好きと答える人は半分以下で、1998年には好きな料理で7位にいた「野菜の煮物」は24位。博報堂生活総合研究所による2018年の調査は、日本人の和食離れを映している。主席研究員の夏山明美は背景に、共働き世帯の増加があると見る。

夫婦がともに会社に通い、帰りが遅くなる家庭は多い。平日には夕食を準備する時間がなかなかとれず、スーパーやコンビニエンスストアの総菜を使ったり、宅配でピザや中華料理を頼んだりして食卓を囲む「中食」が活況だ。

季節ごとに旬の素材を使い、主食と主菜、副菜などをそろえる和食が栄養のバランスで優れている面はある。しかし日本人の働き方がかわり、食習慣そのものが和食から離れる傾向にある。

「先生が好きな食べ物ってなんですか」。小学生たちにそう聞かれた柳原は「季節の旬のものを食べるのが一番かな」と答えた。これが最も難しいという現実が、子どもたちを和食から遠ざけているのだ。

それでもまだ、日本の家庭には炊飯器があり、多くの人は家でご飯を炊く。「小さい時に食べたものは大人になっても食べたくなる。子どもの時にちゃんと和食の味を知ってほしい」と柳原は言う。

■和食が見当たらない
和食の人気を取り戻すため、子どもをつかむ。だが、子どもたちが頻繁に外食をするわけではない。子どもたちがいて、ご飯を食べているのはどこか。

学校だ。給食だ。

パン、ミネストローネ、ジャンバラヤ、チキンピラフ……。西居豊(36)は給食のメニューを手にして驚いた。和食がない。隣から聞こえた栄養教諭らのつぶやきは、今の子どもたちの舌の現実を端的に表していた。

「白いご飯は食べ残しが多いんですよ」

合同会社五穀豊穣で代表を務める西居は、築地で食材の仲卸を手掛けていた。11年、訪れた都内の小学校の給食に、伝統的な和食はほとんどなかった。

■ぜひ送ってほしい

「日本の食文化が廃れてしまう」。東京・恵比寿にある和食料理店「賛否両論」を営む笠原将弘(47)に相談したら、秋シャケなど季節の素材を生かした給食の献立を作ってくれた。

学校に送ると好評で、近くの学校からも「ぜひ送ってほしい」との声が寄せられた。子どもに給食をたくさん食べてほしい栄養教諭も、和食ではどうすればいいのか分からなかったのだ。ここから、子どもたちに和食を伝える草の根の取り組みが始まった。

■無形文化遺産で浮き彫りに

これに注目したのが農林水産省だ。2013年12月、和食にユネスコ無形文化遺産への登録が決まったことは、次の世代に和食の魅力を伝えていくことの難しさをかえって浮き彫りにしていた。

大人になってからでは遅い。まず子どもたちに和食の魅力を知ってもらう。2014年度から「和食給食」を国の政策として取り入れ、西居が事務局長となった「和食給食応援団」が主体となる活動を3年間支援した。

今は三井製糖やフジッコ、塩事業センターなどの食品メーカー、JA全中などが協力企業となり事業が続く。年に100回ほど、全国の学校に和食の料理人が出向き、子ども向けの授業を開いたり、給食を作る栄養教諭向けの講習会を実施したりする。

■食文化も学べる

学校に特に力を入れてもらっているのが、だしの取り方だ。1食250円の制約がある給食では、食材をぜいたくに使うことはできない。うま味を出すために、昆布やかつお節をぐつぐつと煮立て、しっかり絞りきってもらう。料理人が紡いできた和食のノウハウを伝える。

東京都目黒区の五本木小学校は2016年度から和食給食に取り組んでいる。サトイモとイカの煮物や小松菜のからしあえ、芋ようかんやゆでぐりなど、週に4〜5回は和食が並ぶ。食べ残しは4年生以降の高学年では特に目立たないという。栄養教諭の松本恭子は「食事から日本の食文化を学べる。社会科とも連携でき、食と知識が一体的に身についている効果」と感じる。

■もち麦を給食に

神戸市に本社がある煮豆・つくだ煮メーカーのマルヤナギ小倉屋も、若者に目を付けた。

「豆や雑穀なら食物繊維をたくさんとれますよ」

「だしを上手に使えば塩分や糖分、油脂を抑えられますよ」

管理栄養士の資格を持つ社員たちが地元の高校や専門学校に出向き、和食の良さを伝える。

「食育型カンパニー」を掲げる同社で副社長の柳本勇治は伝統食材の一つ、「もち麦」に力を入れる。2017年秋に兵庫県加東市で地元JAと組んで試験栽培を始め、2019年春には約70トンを収穫した。

全量を買い取るマルヤナギが蒸しもち麦に加工し、加東市内の小中学校の給食に納める。「おいしくて体にいい伝統食材を守りたい」。食品メーカーを経営する立場にある柳本の視線が子どもたちに向くのも、このままでは健康に良いはずの和食が廃れていくのを止められない、と感じているからだ。

■伝える人はいるか
和食は高級料亭や割烹(かっぽう)だけではなく、それぞれの家族で家庭料理として受け継がれてきた。だが、農水省の食育に関する意識調査によると、「地域や家庭で受け継がれてきた伝統的な料理を継承し伝えている」と考えている人は半分にとどまる。

「親も子どもも和食を知らないままでは、コメを作る人も器を作る人も廃れてしまう」。長く和食給食に携わってきた笠原は危機感を募らせる。将来の消費者となる子どもたちに選ばれる料理にならなければ、和食の未来は開けない。

(松尾洋平氏、小嶋誠治氏)


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