革新呼ぶ刺激、競争でこそ

デジタルの世紀の資本主義が新たな独占に直面している。「GAFA」だけではない。多くの産業で競争が緩み、モノづくりでもデータや知的財産が集まる一握りの企業が高い壁を築く。斬新なイノベーションを生み出し、成長を取り戻す原動力は競争にこそ宿る。


弱まる競争

「34社に分割せよ」。1911年、米最高裁が解体命令を下したのは大富豪ロックフェラー氏らが興したスタンダード・オイル社だ。9割のシェアで石油価格を支配していた同社は、独占禁止法の洗礼を最初に浴びた巨大企業だった。


富を生む新たな資源は大きな利益をあげて急成長する産業を生む。その支配者が値上げで消費者に不利益を与えぬように市場の番人が目を光らせる。競争を促す資本主義のしくみは今、デジタル化で再来した「新独占」の試練に直面する。


牛耳るGAFA

検索エンジンといったネットサービスを牛耳るグーグルやアップルなどの巨大IT(情報技術)4社「GAFA」。マイクロソフトを加えた5社の純利益は直近で約1600億ドル(約17兆円)と、10年で6倍に膨らんだ。米国に本社がある上場企業の12%を占める収益力で、将来の脅威になる新興企業も買収でのみ込んでいる。


米5社の純利益シェアは上昇傾向


強まる大企業支配

新たな独占はGAFAに限らない。様々な産業で寡占化が進み、競争が弱まっている。市場の寡占度合いを示し、当局が企業合併の審査に使う「ハーフィンダール・ハーシュマン指数(HHI)」が世界ベースで上昇中だ。1990年代はほぼ一貫して低下したが、2008年を底に反転した。


世界の市場集中度は上昇の兆し


QUICK・ファクトセットのデータを集計すると、日米欧では3分の2の業種で売上高上位5社のシェアが10年前より高まった。低成長を乗り切るための再編などで同期間の世界のM&A(合併・買収)は累計50万件を超えた。この30年の間に大企業の売上高は米国で7倍、欧州で5倍に膨らんだ。いずれも名目ベースの国内(域内)総生産(GDP)の伸びを大きく上回る。


富の源泉は データ・知財へ

その背後には何があるのか。自由主義経済圏の広がりとITの進化がグローバルな事業展開を後押しした。富を生む源泉はデータや知財にシフト。モノづくりでもハードよりソフトウエアが性能の決め手となり、一握りの「持てる者」がより強くなる世界が訪れた。


例えば商用ドローン(小型無人機)世界最大手のDJI。成長分野の農業用は、種や農薬を効率よく散布するように飛ぶためのソフトの進化が強みだ。改良の糧は中国内で圧倒的多数を占める4万台超の飛行データ。ライバルが手に入れたくても入手できない情報の厚みで、さらに優位な地位を築く。


データはどんどん生み出されていく

データはまだまだ増える。米IDCの予測では25年に175ゼタ(ゼタはテラの10億倍)バイトと19年の4倍以上になる。インターネットに接続する人口は世界で25年に60億人と5億人増える。あらゆるモノがネットにつながるIoT(インターネット・オブ・シングス)の普及も進む。


目詰まり起こす循環

近代経済学の父、アダム・スミスは、「国富論」のなかで「生産者は競争が激しくなると新たな技術を取り入れる」と指摘した。斬新なテクノロジーやアイデアは新たな市場を創る。資本主義の理想的な循環だが、刺激役の競争の緩みで目詰まりを起こしかねない。


問題は、新たな独占には消費者の利益をモノサシにした従来の対処策が当てはまらないことだ。ネットサービスの多くは無料。モノの肝になるソフトは瞬時に複製できるため、製造コストを抑えて販売価格を下げられる可能性も秘める。


消費者にはむしろメリットが大きいようにさえ映るが、一橋大の岡田羊祐教授は「データや知財が特定企業に集中し過ぎると、多様なイノベーションが生まれず挑戦者の登場を阻む」と警鐘を鳴らす。


発展の原動力再起動を
競争が緩いほど成長率は低い傾向

世界122カ国・地域の1人あたりGDP(18年)伸び率は、寡占度合いが高いほど低い傾向が鮮明だ。デジタル時代の資本主義をどう再構築するか。成長の原動力となる競争を促すことが、その一歩となる。


グーグルやアップルなど米国の巨大IT(情報技術)企業が相次ぎ本格参入し、地殻変動が起きつつあるゲーム業界。近年は拡張現実(AR)や次世代通信規格「5G」などの新技術もゲームを起点に広がる。ゲームはどう進化して、産業や人々の行動を変えていくのか。任天堂の古川俊太郎社長に聞いた。


 古川俊太郎氏 1972年生まれ。94年早大政経卒、任天堂入社。
2012年ポケモン社外取締役、15年任天堂経営企画室長、16年取締役。経理部門が長く、ドイツにある欧州統括会社に約10年間駐在し、海外経験も豊富。東京都出身。

――5GやARなど、最先端の技術がゲームを通じて次々と実用化されています。

「新しいテクノロジーは世の中に先駆けてゲームで採用されてきた。長い年月を経て、ビデオゲームで遊んだ人が子供から親になっている。昔は子供しかやらなかったゲームが幅広い世代に広がってきた結果だ」


「『ポケモンGO』はARを使って、あちこちに登場するキャラクターを収集するために、老若男女が街中に繰り出す社会現象を生んだ。『初めてやったけど、これは面白い』という経験を多くの人に与えるゲームは、人の行動すら変えてしまう力を持つ」


――動画や音楽などコンテンツの枠を超えた競争が始まっています。

「今に始まったことではない。ゲームは生活必需品ではなく、いつお客さんが離れてもおかしくない、と私が入社したときからずっと言われ続けてきた。その危機感は常に持ち、ゲーム、エンターテインメントビジネスの宿命だと思っている。その意味ではとても厳しいビジネスだ」


「遊ぶ手段が乱立し、消費者の限られた時間を巡る時間の奪い合いの競争が激しくなっている。ゲームはその競争に対応しながら、今後もイノベーションを生み続ける必要がある」


――ゲームはイノベーションを生むゆりかごであり続けられますか。

「イノベーションとは、多くの人が常識で考えて不可能だと思うことが可能になることだ。常に『不可能が可能になるものがないか』と自問することが大切だ。『こんな遊びは技術的に不可能だ』と思っていたことが、何らかのアイデアで可能になった時に人々を驚かすことができる」


「皆さんが想像するゲームの枠を超えた取り組みはさらに増える。『Wii』のように体を動かしヘルスケアに寄与するゲームや、記憶力を鍛える実用系のゲームも生まれた。多くのお客さんに遊んでもらえる題材をゲーム機と組み合わせて、何ができるか突き詰めていった結果だ。『これは面白いぞ』というものが見つかったら、とにかく踏み込んでいく。そうすればイノベーションが生まれるときがある」


――技術でゲームはどう変わっていきますか。

「新しいテクノロジーが登場した時に最も大切なことは、ユーザーのゲーム体験の質がどう変わるかだ。ゲーム自体が面白くて、新しくて、驚きを与えることができるかがとても重要だ。技術的な環境がどうあれ、ゲームを開発する側はまず、消費者が手に取って遊びたいと思えるようなコンテンツを作る。その後でそれに役立つテクノロジーであれば、採用する」


「ゲーム人口の裾野は広く、ゲームで受け入れられたテクノロジーはほかにも普及しやすい。例えば、タッチスクリーンは『ニンテンドーDS』で使われた後にスマートフォンに広がった」


――スマホなど様々な端末で遊べるグーグルのクラウドゲーム「スタディア」が始まりました。

「グーグルみたいな大きな会社が参入すると、ゲーム業界が注目されるし、新しいテクノロジーがもたらされる可能性がある。ユーザーの体験の幅も広がる。様々な会社が切磋琢磨して、ゲーム産業の全体が盛り上がっていくのは歓迎だ」


■テクノロジーより独創性

――クラウドゲームの登場によって、「ニンテンドースイッチ」のような数万円する高額な専用機の存在感が薄れてしまいませんか。


「10年先にクラウドゲームが大きな人気を呼ぶ可能性はある。だが専用機がなくなると現時点では思わない。結論が出るのはかなり先の話だ。逆に、専用機でしかできない遊びを必死で磨かなければ意味がない。ほかのゲーム機やスマホで遊べるからいいじゃない、となったらおしまいだ」


――専用機の成功で、新分野に出遅れる「イノベーションのジレンマ」に陥っているのでは。

「一番のこだわりは、独創的な新しい遊びをつくることであり、ハードづくりではない。現時点で目指す独創的な遊びは、ハードとソフトを一体開発する体制だからこそ生み出せている。同じビルの中でハードとソフトの開発者が顔をつきあわせてベストの体験を作ることができるように考えているからだ」


――ゲームに本格参入したアップルはARに注力するなど、米企業は新技術の採用に積極的です。

「誤解してほしくないのは、我々は新しいテクノロジーに後ろ向きなわけではないということ。常に研究開発もしている。これまでも世の中にある新しいテクノロジーをハードの開発部隊が見つけてきて、ソフトの開発者たちと一緒に話して『このゲームに使えそう』と判断したら、採用してきた。これからも基本的な枠組みは変わらない」


「ARも当然、関心がある分野の一つだ。何か面白いことができないか、研究している」


――多額の賞金が売りの「eスポーツ」が話題を呼んでいます。任天堂も手がけますが、賞金はなく新潮流に乗り遅れた印象があります。

「eスポーツはプレーヤーが賞金を巡りステージで競い、その様子を観客が見て楽しむ。ビデオゲームの素晴らしい魅力の一つを打ち出せている。ただ対抗意識はない。当社のゲームは経験、性別、世代を問わず、幅広く遊んでもらうため、イベントも幅広く参加できるものにしたい。賞金の多寡ではなく、他社とは違った世界観ができているのが我々の強みだ」


■高額報酬競争とは距離

――イノベーションを生む人材を確保するため、高額報酬を提示する競争が広がっています。

「当然の流れだ。優秀な人材の確保はこれからますます厳しくなるのは間違いない。ただ当社はその競争には乗らない」


「世界中の顧客から『子供のころ遊んでました。今も子供とゲームで遊んでいます』などの声を聞く機会があるのは当社で働いているからこそ。そこに魅力を感じて門をたたく人に入ってもらいたい。会社で働くのはそれなりの時間費やすことになり、理念に共感することが重要だ。驚きのあるゲームを生み出す原動力はそこにある」


――今後も開発者が頑張らないと任天堂の魅力は保てません。どのように接していますか。

「開発者たちは貪欲に『ユーザーにこういう風に楽しんでもらえるのではないか』と頑張っている。彼らが自由にやれる環境をしっかり維持しつつ、会社を経営していくのが一番重要だ」


――あえて具体的に口出ししないと。

「もちろん中身に関してはしない。作る過程で、開発部門の出身ではない私が口出しすることは何の付加価値もない。任せるところはしっかりとその道のプロに任せる」


――任天堂は海外でイノベーションを生み出してきた日本企業の代表格ともいわれます。人口減の日本をどうみますか。

「日本市場の重要性は変わらない。ただ、少子高齢化は進んでいくので幅広い世代に受ける商品作りが大切だ。それであれば日本市場がどう変わろうが、多くの方に受け入れられる」


――国内市場は縮小しそうです。

「普通に考えたらそうだが、当社は既に連結売上高の7割超を海外が占める。まだリーチできていない市場での努力がより必要になっていく」


――自身もゲームでよく遊ぶそうですね。お気に入りのタイトルは。

「最近は(携帯型の)『スイッチライト』向けに出たポケモンの新作だ。ゲーム内でキャラクターを収集するのが好きなんで」


聞き手から 実務家トップ 変化読めるか


2018年に社長に就任した古川俊太郎氏は47歳。50〜60代が多い日本の大企業の経営者の中では若いが、任天堂では珍しくない。岩田聡元社長の急逝で緊急登板となった君島達己前社長(当時65)を除き、任天堂はこれまで当時22歳だった創業家の山内溥氏、同42歳の岩田氏と歴代若きトップが就いてきた。「長く経営を見られる人」(関係者)に経営を任せるのが、同社の流儀となっている。

 

開発陣の発言力が強いとされる任天堂の中で古川氏の経歴は異色だ。入社後、一貫して経理畑を歩む。ドイツにある欧州統括会社の駐在時に、経営管理能力の高さに目をつけた岩田氏が日本に呼び寄せた。社長就任の直前は経営企画室長として、全般に目を光らせてきた。

 

古川氏の持論は「娯楽産業には天国と地獄しかない」だ。開発者とは一線を画す実務家社長として矢継ぎ早に手を打ち、連結売上高の9割以上を占めるゲーム機の好不調が業績の乱高下を生む収益構造の改善に取り組んできた。  成果は表れ始めている。サブスクリプション(継続課金)収入の確保を目指し、18年9月に始めた定額制のオンラインゲームサービスの利用者は1000万人以上(19年6月時点)に達した。「スーパーマリオ」などの人気キャラを活用し、テーマパークや映画などにも事業領域を広げ、収益源の多様化を進める。

 

一方で競争環境は激変している。巨額の研究開発費を充てられるグーグルやアップルといった巨大IT企業がゲーム市場に本格参入するなか、テクノロジーの勝負では限界がある。古川社長は任天堂の課題を「『独創性』や『面白さ』の創出だ」と説く。最大の強みである、独創的なゲームやキャラクターを作り続ける力こそが今後も生命線だと認識しているからだろう。

 

コンテンツが魅力的である限り、事業のパートナーに名乗り出る企業は多い。「非開発畑」出身のトップが導くゲーム産業の未来は一にも二にもソフトの開発力にかかっている。


(川崎なつ美)

民主主義の未来守れるか

異形の資本主義国家、中国が産業競争力の強化へ走り続ける。データを駆使する21世紀型の産業競争では、国家主導の経済が優位性を持ちうる。自由を前提とする資本主義の真価が問われている。


力ずくの革新

「中国の飢えた虎」。国有半導体大手、紫光集団の趙偉国董事長はこんな異名をとる。2019年8月、その趙氏が内陸部の重慶市政府とDRAM工場を建設する契約を結んだ。「重慶は半導体メモリー工場を中核とした生産基地を整備するのにふさわしい」。DRAM工場建設には1兆円規模の資金が必要になるが、紫光と重慶市の契約には共同で投資ファンドを設けることも盛り込まれた。


世界3強に投資額匹敵

紫光は習近平(シー・ジンピン)国家主席の母校である清華大学が設立母体。重慶市は習氏の側近とされる陳敏爾氏がトップを務める。産業補助金の後押しも受け、紫光が10年間で計画する設備投資は11兆円。その規模は米インテルなど世界の3強に匹敵する。


中国勢の半導体技術は米韓企業に見劣りするとはいえ、「適者生存」の市場原理から離れた国家主導の産業投資は世界の競争環境をゆがめる。鉄鋼や液晶などで繰り返された力ずくのイノベーションが戦略部品である半導体に押し寄せる。


「経済発展には個人の自由が不可欠と言われてきたが、中国は必ずしもそうでないことを証明している」。クリントン米政権で国防次官補を務めたハーバード大のグレアム・アリソン教授は中国の国家資本主義が新しい産業競争で優位性を持ちうると警告する。


人工知能(AI)などがあらゆる産業の基盤となる21世紀には、いかにして多くのデータを集めるかが雌雄を決する。個人のプライバシーよりも国家の利益を優先する中国は間違いなく優位な立場にある。


「見える手」行方は

電子商取引のアリババ集団の創業者、馬雲(ジャック・マー)氏は、ビッグデータとAIを組み合わせれば、国が資源配分を差配する計画経済が機能すると言い切る。アダム・スミスが成長の源泉とした「見えざる手」と対極をなす中国式の「見える手」経済は成功を収めるのだろうか。


アリババやネットサービスの騰訊控股(テンセント)などの世界的なテック企業は民間の競争から生まれた。だが習体制になってからの中国は民の領域を国家が次々と手中に収める。


定款で共産党への忠誠を誓う動きが上場企業に浸透し、ハイテク産業育成策「中国製造2025」などで国家主導の産業競争力強化に突き進む。主要国初の中央銀行による「デジタル人民元」も国家が決済や送金の情報を集める基盤になる。


ダイナミズム失うリスク

ただ国家による統制は経済のダイナミズムの芽を摘み、成長をむしばむリスクと背中合わせだ。


経済協力開発機構(OECD)によると、データの越境移転の制限やデジタルサービスへの外資系の参入規制の度合いは、ロシアやインドと比べても中国が格段に高い。日本経済研究センターは中国の実質成長率が2060年に0.3%程度に落ち込むシナリオを描く。海外から直接投資が入りにくくなり、データなど無形資産も推進力を失う。

中国はデータ越境などの規制が厳しい

米中の21世紀の覇権争いは激しさを増すばかりだ。中国がもしこの争いを制すれば、民主主義すら揺らぎかねない。自由競争を前提とする資本主義の真価がいま問われている。


株式、再び大衆の手に

資本主義の主要パーツ、株式市場が変質している。デジタル化が進むなかで企業の投資が鈍り、余った資本を株主に返還する。あふれるマネーは限られた投資家しか参加できない未公開分野に流入。株主の監視機能が働きにくく、一部の投資家しか成長の果実を受け取れない。株式所有の裾野を広げて多様な価値観を取り込むことが、市場機能回復の一歩となる。


宇宙船より自社株

1602年、約650万ギルダーを集めて発足したのが世界初の株式会社、オランダ東インド会社だ。この会社の株式を売買する市場として、同じ年にアムステルダム証券取引所が生まれた。近代株式市場の始まりだ。

ロッキードは積極的な自社株買いが株価を押し上げてきた

企業が多数の投資家から資金を集めて事業を担い、利益の一部を配分する――。資本主義の根幹を担う株式市場の基本機能が揺らいでいる。米防衛大手のロッキード・マーチン。2019年秋に有人宇宙船「オリオン」の生産を米航空宇宙局(NASA)から受注した。トランプ米大統領がぶち上げた、宇宙飛行士を月に送るプロジェクトだ。


マネーの循環が変質

だが同社にとって最大の資金の使い道は宇宙船開発ではない。自社株買いだ。過去10年で計200億ドル(約2.2兆円)の自社株買いを実施。発行済み株式数は3割減った。


世界の上場企業は増資を上回る自社株買いを実施

経済のデジタル化や低金利を背景に、株式市場は企業がお金を集めて成長をめざす場から、投資家への還元を競う場へと変わった。世界の上場企業は18年度まで8年連続で増資額を超える自社株を買った。


弱まる経営監視機能

成熟企業が手元資金の活用に苦慮するなか、成長の果実を狙うマネーは上場市場の外側に向かう。米国では18年の株式未上場企業の調達額が、上場企業の約2倍の2.9兆ドルになった。

米国では企業自身が株式の最大の買い手に

ただ、未上場企業への巨額のマネー流入には危うさが漂う。多様な株主による監視機能が働きにくいためだ。象徴が米シェアオフィス大手のウィーカンパニー。創業者の公私混同に歯止めをかけられなかった。


「個人投資家が未上場企業に投資できないのは不公平だ」。19年9月、米証券取引委員会(SEC)のクレイトン委員長は訴えた。有望な未上場企業にファンドなどが巨額を投じ、上場は彼らの利益確定の場となっている。「旬」を過ぎた上場後には値上がりが限られ、個人投資家は利益を得にくい構造になった。


上場市場をみても、高度なIT設備を備えたプロ集団が超高速で大量の株売買を繰り返す。個人投資家は脇に追いやられがちだ。日本では1949年度に69%だった株保有に占める個人比率が、いまは2割強だ。


成長の果実広く

個人は労働者としてもかつてのような分け前を得られない。世界経済が生む付加価値のうち、労働者の取り分を示す労働分配率は過去60年で9ポイント下がった。富の偏りをどう正すべきか。

「労働分配率」は長期的に低下

ヒントが中国・北京近郊の農村にあった。タイ最大財閥のチャロン・ポカパン(CP)グループが運営する鶏卵生産工場は東京ドーム11個分の敷地を抱える。だが工場は「完全自動制御」で雇用をほとんど生まない。CPはその代わりに土地を提供した近隣農家約5000人を「株主」とみなして配当を出す。利益を地域に広く配分する仕組みだ。


ニューヨーク大学経営大学院のアルン・スンドララジャン教授は「大勢の人々が株式を保有すれば資本の集中を防げる」と話す。


個人株主づくりに活路

「海外投資家はもうこりごりという気分になった」。オリックスの宮内義彦シニア・チェアマンはいう。欧米流の先進的な企業統治の取り組みが評価され、オリックスの外国人株主比率は一時67%に達した。だが海外投資家の多くが、08年のリーマン・ショックを機にリスク回避の売りに回った。株価は高値から一時9割超下げ、市場では経営危機の噂も流れたほどだ。


その後、同社が進めたのが地道な個人株主づくりだ。個人向け経営説明会や株主優待の拡充で10年前に3%だった個人株主比率は12%に高まった。「企業理念を分かってくれる多様な株主に長期に持ってもらえれば、企業統治はうまく機能する」(宮内氏)


米シリコンバレーでは、米著名起業家のエリック・リース氏が企業や投資家の短期志向を排した新たな証券取引所の設立に奔走する。米当局から認可を得た新たな取引所の名前は「ロングターム証券取引所」。上場する企業には長期業績に連動した報酬制度の導入や長期投資家との対話を義務づける。「投資家が安心して長期志向の経営を進める企業に投資できる市場にしたい」。リース氏はこう意気込む。


50年あまり前、パナソニック創業者の松下幸之助は論文で「株式の大衆化を進めよう」と説いた。人々が株を持てば配当などの収入を得られる。株の大衆化こそが、富を社会に行き渡らせるひとつの解になる。


企業に70歳までの就業機会確保への努力義務を課す「高年齢者雇用安定法」の改正案が通常国会に提出される。60代の働き手を増やし、少子高齢化で増え続ける社会保障費の支え手を広げる狙いがある。定年延長だけでなく、再就職の実現や起業支援などのメニューも加わるのが特徴だ。


改正案は通称「70歳定年法」。2019年6月の閣議で決定され、19年末に始まった政府の全世代型社会保障検討会議の中間報告で明記された。国会で成立すれば、早ければ21年4月から実施される見通しだ。


60代前半については既に、企業は「定年廃止」「定年延長」「継続雇用制度導入」のうちどれかで処遇する義務がある。60歳の定年を63歳に延ばしたり、従業員が希望すれば同じ企業かグループ企業で嘱託や契約社員などで継続雇用したりする必要がある。実行しなければ行政指導を経て最終的には社名が公表される。



厚生労働省の調べによると、19年6月現在で定年廃止に踏み切った企業は全体の2.7%と少ないが、継続雇用制度を導入した企業は80%弱に達する。


改正によって60代後半の従業員の就労機会を広げるため、従来の3つに加え4つの項目を追加する。グループ外企業への再就職を実現させたりフリーランス、起業を選んだ人に業務委託したり、企業が関係するNPO法人などで社会貢献活動に参加する人に業務委託したりする内容だ。


企業は1つ以上のメニューを導入する必要があるが、60代前半と異なり、当面は実施しなくても社名公表はしない「努力義務」だ。政府は将来、60代前半と同じ「実施義務」にすることも検討している。


60代の就労を促進するのは従来、公的年金の受給が始まる65歳までの収入確保という「つなぎ」の色彩が濃かった。しかし、その意味合いは変わりつつある。


元気な60代が働くことにで医療、年金、介護など社会保障の支え手側に回れば、膨らみ続ける社会保障費にプラスに働く。年金受給開始時期を75歳まで繰り下げて受給額を増やせる制度改革も実施される予定で、60代後半の就労促進は国全体の課題となっている。


ただ企業側には戸惑いの声も少なくない。ある中小企業経営者は「大企業と違い、中小企業には従業員の再就職を頼める取引先はない」と話す。従業員の再就職は人材派遣会社に委託する企業も多い。改正によって再就職の支援だけでなく実現まで責任を持つ必要があるが、企業の体制が整うか不安が残る。


フリーランスや起業を選ぶ従業員に業務委託する場合も「どれくらいの期間委託すれば義務を果たすことになるか不透明」(社会保険労務士の井上大輔氏)との声もある。政府は国会審議を通じてこうした疑問に真摯に答える必要がある。


(後藤直久氏)

働く時間や肉体から「知」が生み出すアイデアへ。デジタル化で労働の価値は大きく転換した。モノ作り時代の残像がゆがみをもたらしている。

労働、二極化へ

「100年後には1日に3時間も働けば生活に必要なものは得ることができるようになるだろう」。20世紀を代表する経済学者、ケインズが『孫たちの経済的可能性』と題したエッセーでこんな予想をしたのは、世界恐慌の混乱が広がるさなかの1930年だった。

19世紀に比べ労働時間は6〜7割に
8億人の仕事消失

ケインズは2030年までに経済問題が解決し、自由な時間をどう使うかが人類の大きな課題になると述べた。英オックスフォード大学の推計では、米英独のフルタイム就労者の労働時間は1870年で週56.9〜67.6時間。予想ほどではないにしろ、2018年には6〜7割に減った。


ケインズが描いた30年のユートピア(理想郷)と対照的な未来予想図を米コンサルティング大手、マッキンゼー・アンド・カンパニーは唱える。人工知能(AI)やロボットによる代替が進み、世界の労働者の3割にあたる最大8億人の仕事が失われるという。


日本の雇用、時代遅れ

働かなくてもよくなるのか、働けなくなるのか。その捉え方は違えど、労働の未来は大きく二極化する。


現在の雇用形態の源流をたどると、フランス革命と産業革命に行き着く。労働者は身分に縛られず、契約で労働力を売り、工場内で分業するようになった。神戸大学の大内伸哉教授は「『時間主権』を企業にささげる働き方が雇用だった」と話す。


時間に比例して生産高や賃金が決まったモノ作り時代の残像がゆがみを生む。若さや肉体に価値を置いたまま多くの国は高齢化時代を迎え、次々と「引退」する世代を年金で支え続けることは難しくなっている。日本ではいまだ主流の定年制はもはや時代遅れだ。


高まる知の価値

「知」が価値を持つ今は、年齢や肉体の衰えとは関係なく優れたアイデアを出す人が果実を得る。新しい地平の働き手を支えるデジタル化が、資本主義を成り立たせてきた資本家と労働者の境界を消し始めた。


都内のセキュリティー企業に勤務する馬場将次さん(31)には、その腕を見込んだ海外企業からも仕事の依頼が舞い込む。昼休みや勤務終了後に取り組むのが、ソフトウエアやウェブサイトの脆弱性(バグ)を見つけて企業に報告する「バグハント」だ。2時間の作業で200万円になることもある。企業の依頼を掲示する国内サイトのランキングでトップを走る。


雇用というくくりを完全に飛び越えた自由な働き方をする人もいる。名刺管理のSansanなど10社近い企業と業務委託契約を結びながら働く日比谷尚武さん(43)だ。人や情報を必要とする人につなぐ「コネクタ」という肩書などで、広報支援や講演活動を手掛けつつ、報酬が発生しない社団法人での活動などにも取り組む。「1日に7〜8件の案件があるのは普通」と話し、夜にはロックバーまで共同運営する。


スキル、陳腐化早く

米国では組織に属さないフリーランスが27年にも就労者の過半を占めるという予測もある。工場労働者の権利保護のために1919年に創設された国際労働機関(ILO)も変革を迫られる。5〜6月の総会では新たな働き手の生涯教育の仕組みづくりが議題になる。


フリーランスが米労働者の過半になるとの予測も

ただ自由な働き方を喜んでばかりもいられない。労働政策研究・研修機構の浜口桂一郎所長は「デジタル時代はスキルの陳腐化が格段に早まり、労働者の安定性が揺らぐ」と語る。


技術が誕生するたびに一部の労働者は職を奪われたが、それを上回る需要が雇用を生んだ。時間や肉体ではなく知で勝負する時代には、働き手の「賞味期限」はのびる。新しい時代に合った制度や人材教育にどうかじを切るか。新しい競争が始まった。

地上の交通渋滞や悪路とは無縁で、目的地までひとっ飛び。そんな「空飛ぶクルマ」が徐々に姿を見せつつある。海外では2020年にも試験サービスが始まる見通しだ。世界のスタートアップや航空機大手の開発競争は激しさを増している。巨大市場に育つ可能性がある未来のモビリティー開発に、日本勢も割って入ることができるか。


SFアニメなどで描かれた、街の上を空飛ぶクルマが飛び交う世界はすぐ近くまで近づいている。実験としてはシンガポールで19年10月、パイロットが乗り込んだ空飛ぶクルマが、高層ビル群を背景に試験飛行を披露した。飛ばしたのはドイツのスタートアップ、ボロコプターだ。大都市中心部では同社初の有人飛行を成功させた。


競うように14年創業の中国イーハンも、中国・広州市などで有人飛行を繰り返している。米ウーバーテクノロジーズは20年にも米豪で「空飛ぶタクシー」の実験を始め、23年に商用化する計画だ。



ウーバーは空飛ぶタクシーを2023年をめどに米国などで実用化する方針だ(写真は模型)

こうした空飛ぶクルマは滑走路が不要で垂直に離着陸できる「VTOL」と呼ばれる機体だ。多くは電動で、自動操縦技術が完成すればパイロットも不要になる。多くの国で社会問題になっている大都市の渋滞緩和なども期待され、投資が集まっている。

この分野で海外勢に真っ向から挑む日本のスタートアップが、スカイドライブ(東京・新宿)だ。開発拠点は19年夏、愛知県豊田市に設けた。福沢知浩社長は「海外のトップ企業から1年遅れているが、より安全でコンパクトな機体へのニーズがあるはず」と語る。「多いときは週に100回近く試作機を飛ばす」


同社の無人実験用の試作機は長さ2メートル、幅1.5メートルほど。4カ所に付いた上下2枚組のプロペラで浮力を得る。全地球測位システム(GPS)などを積み、ドローン(小型無人機)のように飛ぶ。


スカイドライブはトヨタ自動車の社員らが12年に作った有志団体「カーティベーター」が母体で、事業化を目指し18年に会社を設立。19年にはベンチャーキャピタル(VC)の出資や自治体の助成金で15億円を集めた。航空機メーカーや自動車部品大手から、技術者が20人ほど集まった。


20年夏に有人での試験飛行を公開し、23年に機体の販売を始めるのが目標だ。人が乗るモデルは試作機より一回り大きくなり、制御が難しくなる。現在は主に屋内で試作機を10メートル弱浮かせている段階で、「開発の進捗はまだ3割」(福沢社長)。高度100〜200メートルを時速60キロ以上で飛ぶ性能を目指している。


国内ではスカイドライブのほかにもドローン開発のプロドローン(名古屋市)が人が乗り込める救助用ドローンを開発中。東大発のテトラ・アビエーション(東京・文京)も1人乗り機体の開発を目指すなど、動きが活発になっている。



空飛ぶクルマは社会をどう変えるのか。最大の変化は、個人の移動手段が空に広がることだ。限られた富裕層を除き、これまで短距離の個人の移動は地上と水面に縛られていた。世界中で都市への人口集中が進む中、地表の輸送網の整備には物理的な制約が多い。空飛ぶクルマは、移動をサービスとして提供する「MaaS」を支える交通手段として活用が見込まれる。


滑走路が不要で、離島や山間部など交通の不便な地域でも重用されそうだ。災害時には、医師や救援物資を被災地に送りやすくなるかもしれない。


人々の移動を一変させる可能性を持ち、米モルガン・スタンレーは機体やサービスを含む空飛ぶクルマの関連市場が40年までに世界で1兆5000億ドル(約160兆円)に達すると予測する。新興企業だけでなく、航空機大手の欧州エアバスや米ボーイングも巨大市場の取り込みを狙う。


普及のためには運航管理システムなど技術の進歩に加え、安全確保のルール整備や騒音への対策、社会全体の理解など解決すべき課題は多い。スタートアップと大企業、政府が連携し、日本でも離陸の道筋を描くことが、日本企業が世界に食い込むための第一歩だ。


(山田遼太郎氏)



81歳でiPhoneのアプリを開発し「世界最高齢のプログラマー」と呼ばれた女性がいる。若宮正子さん(84)だ。「シニアにこそ情報技術(IT)を使ってほしい」という思いから、国内外での講演や本の執筆など活動の幅を広げ、自らをITエバンジェリスト(伝道師)と称する。


◇   ◇   ◇

北欧のエストニアがIT先進国だと聞き、6月に1人で現地に行ってきました。電子政府をシニアがどう活用しているかを調べるためです。


初めに役所で話を聞くと「シニアの役に立つことをメニューに入れている」「使いやすさに徹底的にこだわっている」「役所と民間の垣根をなくした」と言っていました。本当にそうなのか。検証するため、エストニアのシニアにアンケートへの協力を依頼したところ、約100人が応じてくれました。

6月にIT先進国エストニアの実情を視察した(写真はエクセルでアート作品を作るワークショップの様子)

現地で日本企業の進出や法人設立を支援している斎藤・アレックス・剛太さんと共同で、私が考えた質問を英語とエストニア語に訳しました。すると8割方が電子政府のサービスを使っていると回答。「生活を豊かにしている」という答えも9割以上で、政府の説明と一致していました。

 

自分でも体験してみるため、エストニアのバーチャル市民としてIDを取得した。 パソコンを開いてIDを読ませると健康保険、かかりつけ医の情報、自身の通院履歴や処方箋などが同じページでわかります。根っこにあるのは「情報は私たちのもの」「だから自分たちで管理する」という思想です。哲学が違うんですね。


電子政府の恩恵を一番受けるのはシニアだと思います。災害で薬が流され保険証もお薬手帳もなくなって、かかりつけ医もよそに避難したとします。常用している薬を飲もうとしたら、日本なら最初から検査をやり直さなければいけないでしょう。エストニアならIDカードを読むだけで処方してもらえます。


 

最先端のIT事情を貪欲に吸収する若宮さんだが、初めてパソコンを手にしたのは1990年代前半。勤めていた銀行の定年が近づいた58歳の時だった。

まだ一般にパソコンが普及する前でしたが、「おもしろそう」と思い、独学でスキルを身につけました。そのころ母が要介護状態になって、私もつきっきりでした。一歩も外に出られない日も、パソコンは私を広い世界に連れて行ってくれました。


「メロウ倶楽部がなければ今日の私はなかった」と言う(前列右から2人目が本人、11月7日に東京都江東区で開かれた「20周年記念全国オフ」で)

20年前、シニア世代の交流サイト「メロウ倶楽部」の設立発起人になり、今は副会長を務めています。その前身に入会したとき、歓迎メッセージが届きました。「人生は60歳を過ぎるとますますおもしろくなる。それまでの蓄積が花開く。70歳を過ぎるともっと充実してくる」


最初は書き込みをすると「作法がなっていない」とか「そんな内容はここに書くべきじゃない」とか、よく叱られました。でもこの年代で叱ってもらえるのは貴重な経験です。私はみなさんに「人生に『遅い』はない」と言っています。


■アップルCEOから「ハグ」
 

パソコンだけでなくスマートフォンにも、出始めた当初から親しんだ。だが一般には、「使い方がわからない」などといって敬遠するシニアが多かった。 年寄りが面白がるようなアプリが全然なかったんですよ。年寄りが若者に勝てるゲームを作ろう、それならひな祭りの飾り付けがいいと思いました。


自分で設計図を書き、東日本大震災のボランティアで知り合った宮城県のアプリ開発会社の社長に「作ってください」と頼んだら、「マーチャン(若宮さん)が自分でやれば?」。神奈川県内の私の自宅から、通話ソフト「スカイプ」で教えてもらいながら作りました。


2017年のひな祭り直前に「hinadan(ひな壇)」が完成しました。「素人っぽさもここまで来ると立派なものだ」なんて言われました。でも、ちゃんと動きます。


縁あって朝日新聞の記事になりました。それを見た米CNNから20問ぐらいの英語のメールが来て、「2時間以内に返事がほしい」って。グーグルの翻訳アプリを使って返信したら追加の質問がきて、今度は「20分以内に返事をしたら今晩流してやる」。日本の伝統行事をゲームにしたのが画期的だという電子版の記事で、40カ国語以上に翻訳されたようです。



アップルのティム・クックCEOと談笑する若宮さん(2017年6月、米カリフォルニア州サンノゼで)

しばらくしてアップルの日本法人の方が「話を聞かせてほしい」と言ってこられました。1カ月ぐらいすると「一緒に米国に行きましょう」と。最初は「用事がある」と断りましたが、「あなたにどうしても会いたいという人がいる」と言われてしまって「どなたですか」と聞くと「ティム・クック最高経営責任者(CEO)です」。さすがに失礼になるので、米国に向かいました。


米アップルが年1回開く「世界開発者会議」への特別招待だった。世界の優秀なアプリ開発者を集め、新製品も発表する重要イベントだ。前日、サンノゼ市の会場近くの指定された部屋で待っていると、クック氏が現れた。 「はじめまして」ぐらいかと思っていたら、「あなたのiPhoneを見ながら一緒に話しましょう」と言われたので、うろたえました。ほかの方は遠巻きに見ているだけでした。



アップルの世界開発者会議で、クックCEOは若宮さんの画像の前でスピーチした(17年6月、米サンノゼで)=ロイター

私は「シニアはスワイプ(指を滑らせる)が苦手だから、タップ(たたく)で遊べるようにしました」などと説明しました。CEOが「テキスト(文字)が小さすぎるんじゃないか」とおっしゃるので「iPhoneは画面が小さいから絵柄とのバランスが崩れます」。


「ではiPad用にすればいい」「縦横比が違うから難しい」なんて、町のプログラミング教室みたいな会話になりました。最後に、CEOが「私はあなたから刺激を受けた」と言ってハグしてくださったのでびっくりしました。


開発者会議では冒頭、CEOから「世界最高齢のプログラマー」と紹介されました。一緒に登壇したのはオーストラリアから来た10歳の坊やでした。彼らは多様性を訴えたかったのね。民族、性別などの多様性はあったけれど、80歳代のおばあちゃんは大発見だったんですよ。


■銀行では「業務改善」大好き

東京教育大学付属高校(現筑波大学付属高校)を卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行した。1997年に定年を迎えるまで勤めあげた。


 

生まれたのは東京です。父は三菱鉱業(現・三菱マテリアル)に務める会社員でした。第2次世界大戦中は信州の鹿教湯温泉(長野県上田市)に学童疎開したり、父の転勤について兵庫県生野町(現・朝来市)で暮らしたりしていました。小学4年生のとき、敗戦を迎えました。



兄の学生帽をかぶらされて少し不機嫌な若宮さん。兄は「とても活発で『向かうところ敵なし』だった」と回想する


高校は進学校でしたが、戦後のどさくさで入ったようなものです。若い人から「どうして大学に行かなかったんですか」とよく聞かれますが、女性は大学に行かない時代でした。


最初の配属先は本店営業部で、貸金庫などの窓口を担当しました。計算はそろばん、お札は手で数える世界です。私は不器用だったから、先輩にいつも「まだ?」って聞かれていました。10年ぐらいするとだんだんコンピューターが導入され事務が機械化されたので、そんなことも言われなくなりました。


私は業務改善が大好きで、上司によく提案をしていました。当時は支店ごとにお客さまの要望を聞いていましたが、それでは手に負えないこともあります。だから全社的な「お客様相談窓口」を作るべきだといった内容です。


当時、「ベルトクイズQ&Q」というテレビ番組がありました。職場の花(女性)対決という企画で、対戦相手は全日本空輸に決まりました。「向こうは客室乗務員が出てくる。絶対に勝てる行員を選手にしろ」ということで、私がキャプテンになりました。4〜5人勝ち抜いて見事に勝ちました。



30歳代の後半、企画開発部門に移る。当時の若宮さんをよく知るのが畔柳信雄・三菱東京UFJ銀行元頭取だ。仕事ぶりで印象に残っているのは、ほぼすべての金融機関の口座からの代金引き落としに使うシステム「ワイドネット」の立ち上げ。「相当、熱心にやってもらった。合理性の追求の極致のような仕事で、若宮さんにぴったり合っていた」という。


上司には目を掛けてもらいました。法人部門のマーケット調査をしたり、銀行振込や口座振替の手数料システムに関わったりしていました。


当時の私は「こうしてほしい」というアイデアは出すけれど、実際にシステムを作るわけではありません。担当部署には「素人なのにうるさい」と、ずいぶん、嫌がられていたのではないかと思います。


畔柳さんから見ると、私は高校の先輩にあたります。私は気軽に「くろちゃん」なんて呼んでいました。今は応援団になっていただいています。


趣味は海外旅行。一人で出かけて、現地の人と交流するのが好きだ。


これまで訪問した国は60カ国以上になります。予約の手違いで、言葉が通じない国のホテルで宿泊を断られることもありますが「泊まれないと困る」と言って粘る。そうすれば何とかなるものです。


■AIスピーカーはシニアの味方

人生100年時代、高齢者も学び直しが必要と指摘する。特に重要なのは金融と情報技術(IT)だという。


 

6月に東京で開かれた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議関連のシンポジウム「高齢化と金融包摂」で基調講演をしました。シニアに金融教育をすると認知症になる率が低下するそうです。とはいえ、インターネットで株を売り買いしたりするのは難しいかもしれません。



G20財務相・中央銀行総裁会議の関連シンポジウムで基調講演した(6月、東京都千代田区)

私は「ジジババファンド」を提案しています。例えば1人50万円ずつ拠出して、スタートアップを目指す若者に投資する。失敗することもあるだろうけれど、オレオレ詐欺に引っかかるよりマシでしょう。100人から集めれば合計5千万円。若い起業家は高齢者に事業内容がわかるように、工場や農場の見学会を開けばいい。それによって高齢者と若者が近づけます。


こういうことを通してシニアも「時代を知る」「社会を知る」「科学を知る」「ITを知る」ことが大事だと思います。


「スマートフォンは難しいから使わない」ではなく、なぜできないのかを若い開発者たちに伝えないといけません。彼らも知りたいでしょう。


自宅には人工知能(AI)スピーカーを設置し、日常生活で使いこなしている。
AIスピーカーはシニアの味方だと思います。初期設定さえしておいてもらえば、寝たきりになっても使えます。


  自宅でもIT機器を使いこなす(神奈川県藤沢市)

いま一番必要なのは、AIの側から働きかけるプッシュ型のサービスです。大雨が降ったら「避難準備命令が出ました」とモニターとスピーカーで教えてくれるといった機能です。あるいは胸が苦しくなったら119番に電話するとか、いろいろなシニアのニーズがあります。


日本の建設業では何百万人も働いているけれど、台風で飛んだ屋根を直せる職人さんの多くはシニアです。「おじいちゃん大工さん」の存在は貴重です。若者にノウハウを伝えることは大事ですが、おじいちゃん自身がITを学べば鬼に金棒です。


ドローンを使って屋根の上に材料を運ぶとか、壁の中を内視鏡で見るとか、音の反射で様子を探るとか、デジタルの世界を知らないで旅立った大先輩に比べ、私たちは恵まれています。


 シニアのIT教育に関しては、教える側の問題も多いと指摘する。

役所では詳細を知ることは難しいでしょう。統計では70歳代の半分がスマホを持っているかもしれませんが、家に帰ったらバッグに入れっぱなしで、充電していないから、もしものときに使えない。どう使っているかまで踏み込んで考えないと意味がありません。スマホなどの説明書も、専門家が作っているから伝わりにくい面があります。



若い世代とも交流の輪を広げている(エストニアの電子政府を共同で調査した斎藤・アレックス・剛太さんと、都内で)

私に言わせれば、LINE(ライン)はコミュニケーションツールというより、シニアにとっては「茶の間」です。家族や気心の知れた仲間が安心してくつろぐところです。一方、ネット空間は不特定多数が行き交う銀座や原宿です。専門家からはひんしゅくを買うかもしれませんが、そういう解説の本を書いてもうすぐ出版します。


■エクセルでアート作品

若宮さんは表計算ソフト「エクセル」を使って様々なデザインをつくる「エクセルアート」の創始者でもある。


 

シニアにコンピューターを使うと何ができるかを理解してもらうために始めました。セルを塗りつぶしたり、ケイ線を色づけしたりして、好きな模様をつくります。シニアの女性は編み物や手芸が好きだから、その延長線上でできます。


エストニアで皆さんとお近づきになるため、おばあちゃんと子どものためのエクセルアートでうちわを作るワークショップを開きました。シニアも子どもも2時間もあれば「私が作りました」と言って、個性的な柄を持ってきます。最後に子どもたちがうちわを振って「おばあちゃん、さようなら」って言ってくれたので、うるうるしちゃいました。



エストニアの子供たちとエクセルアートのうちわを作った(右から2番目が若宮さん、6月に同国の首都タリンで)

昨年秋の園遊会に呼んでいただいたとき、エクセルアートのロングドレスとハンドバッグで行きました。バッグは発光ダイオード(LED)ライトでぴかぴか光るようにしました。


皇后さま(当時)が「あら、光りますのね」と話しかけてくださって、天皇陛下(同)もご覧になりました。皇后さまからは「いつまでもお元気でご活躍くださいませ」とおっしゃっていただきました。


58歳でパソコンを手にした若宮さんは、世代を超えて様々な人たちとつながっている。 私は国籍、年齢、性別などに関係なく、フラットな付き合いをしたいと思っています。


井上美奈ちゃんをご存じですか。ロボットの研究をしている10歳の小学生です。私がIT先進国のエストニアに行く話をしたら、すごく興味を持ってくれて、同じ時期に現地に行くことになりました。彼女は「同世代のかけ橋になりたい」という立派な趣意書を書き、クラウドファンディングで渡航費を集めました。帰国後には自分で報告会を開きました。


私は美奈ちゃんを、友人であるロボットコミュニケーターの吉藤オリィさんに紹介しました。2人はきっといい友達になれると思います。


来年度から小学校でプログラミング教育が必修になります。「スマホは教育に悪い」と思っていたお母さんたちは「文部科学省に裏切られた」と言っているそうですが、それは違います。例えばA君は跳び箱を飛べるのにB君は飛べない。スマホで動画を撮って、仕切りの位置や飛び出す角度を分析する。そういうのがプログラミング的発想であり、つまり理論的思考を教えるのだと思います。


 大切にしているテーマは「私は創造的でありたい」だ。

創造こそ人工知能(AI)にも動物にもできない最も人間的な活動です。ある小学校の先生がこう言っていました。「近ごろ元気に活躍している大人は小学生時代の問題児が多い。優等生はふるわない」。そういう時代なんです。


私は84歳になりましたが、前よりアタマが良くなった気がしています。たくさんの人に会い、いろいろな刺激を次から次へと与えてもらったことが成長の元になっているのでしょう。


(伊藤浩昭氏が担当しました)

デジタル化の進展で「ギグワーカー」など雇用によらない働き方が増え、資本家対労働者という従来の構図が大きく変わりつつある。雇用という形態は今後どうなるのか。ロボットなどに労働を代替される「働かない世界」はやってくるのか。労働法に詳しい神戸大学の大内伸哉教授に聞いた。
大内伸哉氏(おおうち・しんや)
東大法卒、同大博士(法学)。専攻は労働法。現在は技術革新と労働政策が中心的な研究テーマ。人工知能(AI)活用やデジタル化などがもたらす雇用への影響、テレワークやフリーランスなど新たな働き方の広がりに伴う政策課題を研究している。

「企業の人材投資に限界、『自学』が大事」

――雇用によらない働き方をする人が増えています。

「雇用とは時間を企業にささげるような働き方だ。『時間主権』と生活保障のはざまで、長く後者を選択してきた。特に後者を選んできたのが日本の昭和時代だ。雇用労働ではなく、個人事業主のように自営的労働を選ぶ人が増えている。現在は全体の10分の1ほどだが、自営的労働はどこの国でも半分くらいになるのではないか」


「長期雇用にどっぷりの人は価値の転換が必要だ。終身雇用の見直しなどが話題に上るのも、企業が雇用を守るのに限界があるということだろう。企業が『使える』人材を自前主義で時間をかけて作ったとしても、10年後に必要なものは分からない世界だ。そうなると企業も人材投資はしにくくなる」


――背景にあるのは何でしょうか。

「これまで資本主義における労働は、ほぼ株式会社での労働と同義だったが、第4次産業革命が変化をもたらしている。起業がしやすくなって経営者と労働者が融合してきている。会社員は消え、労働法もなくなるかもしれない」


「技術革新によって、雇用労働は減る。定型的な労働はなくなり、知的創造性が求められる労働になってくる。そうなると人間のやる仕事は機械を使う側の仕事、機械ができないような仕事、機械にさせることできるが人間のほうが安くできる仕事の3つになるだろう。そのうち後者の2つは徐々に減っていく」


「知的創造性が重要になるが、これは指揮命令下でやる雇用との相性が悪い。ICT(情報通信技術)を基盤にして、企業に支配されて働く労働から、自己決定のための労働になる。教育が大きな課題だ。職業訓練・教育の多くは企業が担ってきた。自営的な労働が増えれば、それがなくなるわけだから『自学』が大事になる」


「苦役からの解放と、賃金もらえない二面性」

――身につけた技術・スキルが陳腐化するスピードも速いです。

「教育には3つある。陳腐化が懸念されるのは、職業先端教育だ。自分で契約書を書けたり、情報リテラシー持ったりという職業基礎教育や、教養教育が重要になるだろう。今はネットでも学べるようになっている。大きなチャレンジだが、意識改革が必要だ」


――今よりずっと少ない労働時間になったり、「労働なき世界」がやってきたりするでしょうか。

「そうなるのは間違いないだろうが、いつそうなるかは分からない。効率化やデジタル化が進んでいない企業もまだ多い。ただ、そうした企業はいずれ市場から退出させられる」


「古代ギリシャ時代の『奴隷』の代わりとして、ロボットやAIなど機械に労働を任せ、機械の所有者の得た価値を共同体の構成員に再分配する、ベーシックインカムのような形になるかもしれない。労働という『苦役』からは解放される一方、賃金をもらえなくなるという二面性に直面する。そこは政府の出番で、再分配の手法を考えないといけない」


■記者はこう見る「デジタル化、会社の形も変える」
 井上孝之
 

インターネットで単発の仕事を請け負う「ギグワーカー」の増加、終身雇用などの日本型雇用システムの転換、働き方改革――。雇用や労働は日本だけでなく、世界的にみても数十年から数百年単位の大きな転換点にある。  デジタル化の急速な進展に加え、将来の予測不能性が高まったことで、ナレッジワーカー(知識労働者)の重要性が増している。その一方で、定型的な単純労働は機械に代替され、なくなっていく流れにある。

 

産業構造の変化によって仕事が失われても、これまでは代わりとなる需要を生み出し、雇用が多く創出されてきた。ただ、大内氏は「今回の第4次産業革命は省力化や無人化を進めるものなので、新たな雇用を生む力は弱いかもしれない」と話す。

 

「知的創造性が重要になるが、指揮命令下でやる雇用との相性が悪い」と大内氏が指摘するように、ヒエラルキー型の上意下達の組織をやめて、現場の社員一人ひとりが考えて動くような、機動性がある「自律型」に組織変革をする企業も増えてきている。今後は労働だけでなく、会社の形も大きく変わっていくだろう。

2020年は銀行を2つの大波が襲う。一つはマイナス金利政策で収益を削られる構図が続く。もう一つは異業種との競争だ。ヤフーを運営するZホールディングスとLINEが目指す「スーパーアプリ」は台風の目になりそうだ。銀行と異業種の生き残りをかけた競争で、革新的な金融サービスが生まれる年になるかもしれない。

銀行はこれまで営業職員を通じて個人や企業がどんな金融サービスを求めているのかを知り、実際にサービスを提供してきた。プラットフォーマーは多機能アプリなどの圧倒的な利便性を武器に金融機関と顧客との間に入る。銀行は戦略立案のうえでもっとも大事な顧客データを奪われ、顧客やプラットフォーマーによって複数の金融機関から選んでもらう立場になるかもしれない。


中国の「アリペイ」などのように生活に関わるほぼすべてのサービスを提供できる「スーパーアプリ」は、その最たるものだ。ヤフーとLINEの顧客は単純合算で1億人を超える。また有力なスマホ決済である「PayPay」と「LINEPay」を持つ。いずれも政府のポイント還元事業で商圏を広げた。メッセージアプリ内で決済だけでなく給与振込、金融商品の購入までできるようになれば勢力図は変わる。


企業融資の世界でも同様だ。たとえばクラウド会計のfreee(東京・品川)は地方銀行と組み、取引先企業の資金データをすべて可視化できるサービスを展開している。地銀にとっては取引先企業の実情が手に取るように分かる利点はあるが、もはやfreeeのサービスを通じてしか情報を入手できなくなるのではと懸念する声もある。


メガバンクも自前主義に限界を感じている。20年度中に設立が予定されているLINEとみずほフィナンシャルグループのスマホ銀行はLINE側が51%の出資を握る。銀行側は「助手席」(みずほ幹部)というわけだ。


三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は自社で進めていたコイン構想を転換し、20年からはリクルートが51%出資する新会社に委ねることを決めた。こうした戦略で銀行がどこまで主導権を残せるのか、バランスは手探りだ。

他支店との統合により移転予定の銀行の店舗(東京都世田谷区)

銀行に残された選択肢はそう多くない。新たな技術分野に手を広げる経営資源がマイナス金利政策によって削られているためだ。全国銀行協会が公表する全国115行の実質業務純益は2018年度に3兆240億円と3年で3割減った。


2019年には短期金利だけでなく、長期金利もマイナス圏に入り、市場運用も厳しくなった。合理化によって利益をひねり出そうにも、店舗や人員を減らすスピードには限界があり、規制対応での人員配置に経費もかかる。世界のマネーロンダリング(資金洗浄)対策を調査する金融活動作業部会(FATF)の審査もあり、預金の本人確認にもこれまで以上にコストがかかる見通しだ。


「できることなら銀行免許を返上したい」。銀行からはこんな弱音も漏れる。米マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏は1990年代に「銀行機能は必要だが今ある銀行は必要なくなる」と発言したが、では将来は誰が代わりに銀行の役割を担えるのか。


注目されるのは公正取引委員会の動きだ。スマホ決済業者の利用者が銀行口座からチャージする際に生じる手数料や、家計簿アプリに口座情報を提供する「オープンAPI」の手数料など、銀行の動きを調査し始めた。送金手数料や、その土台となっている「全銀システム」のあり方も調べており、それらの結果を20年3月までに公表する予定になっている。


公取委の狙いは、銀行が金融分野での技術革新を邪魔する構図になっていないかどうかのチェックだ。安全・安心を守ることと新しい技術革新を進めることのバランスはいつも難しい。だが銀行が単に既得権益を守る側だと世間からみなされれば、その先の試練はさらに厳しいものになる。20年はその分岐点になる。


(高見浩輔氏)


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